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ふらみいの、とうかの、言葉吐しと成長録

 希望なんて持ちたくない。
 将来なんて見えなくていい。
 どうせ光なんて当たらない。
 どうせ救いなんて与えられない。
 何がこの先に待っているかなんて、言われなくても解っている。
 誰かなら、何かを手に入れられる。きっと取り戻せる。
 でも、僕にはできない。失っていくしかないのだと、時間と経験が物語る。

 なのに、まだ繋がっている感覚が消えない。
 こんなものは僕しか持っていない。相手も僕と繋がっていたいなんて、望んでいるわけない。
 なのに、まだ希望を持ちたいと思っている。
 あれだけ傷付いて、空虚な部分ばかりになって、それでもまだ相手を信じるというのか。

 どれだけ裏切られても、忘れられても、僕は相手を憶えている。
 繋がっていたことを、少しでも言葉を交わして本音を貰えたことを、一生忘れない。
 それが自分だけの記憶なんだと解って虚しくなったのに、何でまだ希望を持とうとするんだ。
 いつになったら壊れきってくれるんだ。どうしてまだ信じたいなんて思うんだ。

 何も持てない。選ばれない。忘れられていくばかりだから、諦めた方がまだいい。
 いったい何に? 生きていくのに? 死んでいくのに?
 何に都合が良くて、僕は自分を諦めようとしているのだろう。

 取るに足らない存在だからと、何度この言葉を遣ってきたことか。
 物心ついてからというもの、何度この思考に蹴落とされてきたことか。
 周囲の人間を信じて、縋って、求める度に傷付いてきたじゃないか。
 誰かが記した物語なら、憐れんだ筆者が救いをくれるかもしれない。
 だけど、これは物語の中でもとびきり出来が悪い。僕は欠陥品だと、何度も言っている。
 それでも尚、望みを持とうとする心が憎い。まだ傷付きたりないのか。

 それは物語ならば救われる場面。忘れていないよと、相手が手を差し伸べる場面。
 誰もが感動するだろうその瞬間は、物語にこそ相応しく、僕には与えられない永遠なるもの。
 希望を持ったら辛いだけだし、じゃあ絶望したところで楽にはなれない。
 心が死んでいくのをただ待って、どこかに通じる奇跡を願って、怠惰な生を送るだけ。
 そんなものに残された奇跡って、苦しまずに死ぬことだけなんじゃないの。

 何度、何度、何度も言ったんだ。希望なんて無いと、救いなんて無いと。
 傷付いたって、悲しいって、苦しい、辛いって言ったじゃないか。
 じゃあもう諦めたらどうだ。諦めなければいつか来てくれるなんて、そんなことなかったろ。
 果たされた願いより、潰えた望みを数える方が大変だったじゃないか。
 何でまだ信じようとするんだよ。何でまだ届くと思ってしまうんだよ。
 もうたくさんだ。もうやめようよ。僕は疲れたんだ。希望を見るのは疲れたんだ。

 同じことを何百回も何千回も繰り返した。答えは出ない。傷ばかり深まる。
 解放されない。苦痛も未だ続く。希望と絶望の繰り返しで心が薄く引き伸ばされるようだ。
 何かを手に入れてもすぐに奪われる。すぐに失って、代わりを求めることもできない。
 代わりなんて無い。誤魔化す必要だって無い。
 希望も、願いも、救いも無いって、何度も言っているのに、心に芽生えたものが邪魔をする。

 死んだらそれらも終わりか。僕が苦しむのも終わりか。
 次の世界ではもう少し仲良くできるんじゃないかって、いつも思っている。
 もう逢えないかもしれないのに、確証無くても信じてしまう。
 もう信じるのも嫌だ。考えるのも嫌だ。希望なんて持ちたくない。願いなんて叶えたくない。
 どうせ叶わない。また捨てられる。また忘れられて、手の届かないところへ行ってしまう。

 人の想いは人にとって重た過ぎる。僕はあの子を潰してしまうかもしれない。
 こんな不細工な想いに添えるのは、誰も居ない。人間には無理なんだ。
 それなのに声が、声がする。諦めたくないと、信じたいと、いつか近いうちに会えると。
 もう無理なんだって。相手が動いてくれるわけないんだって。
 そうやって否定して実際に事が起きれば奇跡だけど、そんなものはどこにも無いんだよ。

 僕がどれだけ苦しんだって、悲しんだって、相手には届かない。
 届かなくていいよ。聞こえなくていいよ。いや、本当は知っておいてほしいけど。
 それより君が心配だよ。僕の勘は当たるんだ。何か起きたんじゃないかって、不安だ。
 でも、知ることはできない。近付くこともできない。もどかしい。

 こんな世界じゃなくて、もっと命を懸けられるような世界だったなら、一緒にいられたかな。
 友達って言葉にも、仲間って言葉にも、重みが出たのかな。
 変わっていく日常を恐れることなく、あの子が一緒の方角を見てくれていたらな。
 いつも僕ばかり先に行って、君の知らないことをたくさん知っていく。
 だから希望も持てないんだけど、ここで助けにきてほしいって、何度か思ったことがある。
 きっと君に僕を助けるのは難しい。
 でも、僕に君を助けることはできるかもしれない。
 僕はもう少しだけ人の心に寄り添えるからね。君にはきっとできないよ。

 どれだけ寄り添っても、辛苦を味わっても、楽になれない。悲しいばかりだ。
 それでも心配だから、もう少しだけ生きて待っている。
 報われる日を、願いが叶う日を、希望を持てる日を、懲りもせずに待っている。
 愚かだと思う。もう心がどこにも無いのかもしれない。
 執着し続けて、違うものに変化しているのかもしれないね。怖いだろうね。

 希望なんて持ちたくない。願ったって叶いやしない。
 言葉を尽くしてもこの心は伝わらないだろうけど、伝わってほしい。
 僕は待っている、力になれる日を待っている。

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 いつまでも悩んで、苦しんで、辛い瞬間を繰り返して、この輪廻のよーな仕組みがどこまで続くのかと、最近ずっと悩んでいる。
 こっちにも悪かった点があったとして、何でここまで苦しまなければならないのか。
 他者の関係を壊す一因になったからか?
 その身に過ぎた幸福や安堵を手に入れようとしたからか?

 下半身にまつわるあれこれ困った出来事は、何かが終わればすぐ何かが始まる。
 ただの腹痛ではなく胃炎、機能性ディスペプシアと診断され、今度は腰が怪しい。裂肛のような激痛に苛まれ、冷えても飽食でも同様の激痛が起きて睡眠も侭ならない。

 例えばこれが相手からの呪詛だとしたら、存外、悪い気分ではない。
 そりゃ起きていることは辛苦の一言に尽きるが、相手に僕への関心がある限り、相手の精神も侭ならないということだ。
 しかも、一番気にしてほしい子の隣に居る人間が呪詛を送っているってことになるから、その人間にとっては不本意だし、嫌な気持ちで毎日を過ごすことになるだろう。
 あなたではなく、その一番気にしてほしい子に同じ地獄に堕ちてきてほしいのだが。

 一方、これが僕が与えた呪詛が或る程度返ってきてしまっているだけなら、相手方にもそれなりの影響が出ているものと思われる。
 不仲、不妊、周囲の環境の劣化などなど・・・・・・自然に起きたことと思えば運命を呪うだろうが、それがもし作為的に行われたなら、結構な脅威となり得る筈だ。
 干渉したのは環境、空気のような部分。そこを捻じ曲げ、穴を開け、生きた者を引き摺り込みたい奴らが集うと、立派な餌場となることを知った。
 僕がやったのはそういうことだ。

 勿論、これがまったくの妄想だとも思う。人を呪った、成功した、だから不幸になったという充足感のようなものを得るため。
 でも嬉しくもなければ、悲しくもない。そこまでやったって、壊れたものは元に戻らないし、傷付いた部分だっていつまでも膿んでいる。
 それだけのことをしたのだと魂にまで刻んでやらねば、怒りは治まらない。
 妄想だろうが現実だろうが、思い知らせてやりたいと震えるほど、自分を守りたかった。いったい何回傷付ければ気が済むんだ?

 こんなことを、同じことを、何度も繰り返した。十ヶ月の時が流れた。
 そろそろ終いにしたいと願うようになった。疲れてきた。
 人に対して気持ちを向けて、それが激流になればなるほど、使う気力も体力も生半可なものではない。
 昔からそうだった。その時は思春期だからだ早く終われ~と願ったが、これはもう性格だ。
 諦められない。一度でも繋がったものは最後まで繋いでいたいという、奇特な性分なのだろう。
 何であの子にばかり? と自分でも解らなくなってきたが、何かがある。ずっと何かが解らなくて、知りたいから一緒に居る。あの子にも、そういう気持ちが僕に対してあればよかった。

 疲れてきたから赦してしまおうかと思った。
 その時、別の声がした。
「まだ楽にはさせない」
「まだ終わりにはさせない」
 そういう声がした。
 自分の声ではなかったが、怒れる自分の声がしたのかもとも思う。
 なにせ、そこには一人しか居なかった。不可視の友人らは近くに居たが、こういう声がする時は大抵が外ではなく、内からだ。

 僕の内側はまだ燃え滾る釜のようで、ぐらぐらと不毛な感情と一瞬を繰り返す。
 それこそが僕への罰で、いつまでも続く生き地獄だと言わんばかりに。
 誰かを呪った代償をずっと払い続ける。
 でも、そもそも僕だって大いに傷付いて、戻れなくなったわけだが。
 その傷付いた部分を代償として、呪ったつもりなのだが。
 何故また新しく傷付いて、苦しまねばならない。
 その間、あの子は自分の人生を運命だと感じながら、勝手に生きているというのか。
 これではいつまで経っても怒りが醒めない。辛いだけだ。

 僕だけが辛いのは納得いかなかった。相手にも同じような生き地獄を。
 それは周りの人間との軋轢ではなく、僕に対して感じてほしい。
 僕のことをいつも忘れている、選んでくれない、都合よく使って何かの代替品にする。
 それでも、僕は君の味方でありたい。呪ったくらいで君を嫌っただなんて、思ってほしくない。

 どうしてこんなに寂しくて悲しくて、手前勝手な決意を持っているのか、きっとあの子には解らない。
 解らなくてもいいけど、忘れないでほしい。君みたいな関係を作れる人間はそう多くない。
 今でもともだちだって言えるんだろうか。もう何も無くなってしまったのだろうか。
 ここから先何年か経って話す機会ができたとして、以前のようにできるだろうか。

 できなくてもいいんだ、話せれば。いつも新しいものを作ってきたんだから、そうすればいい。
 僕にはできる。君にできなくとも、いつもそうしてきたから。

 今はただ生き地獄で手足を喰われるような日々。何度も同じところから苦しみが始まる。
 もう終わりにしたいのに、何かがまだ終わらせない。どうしてなのかも教えてくれない。
 身体にまつわる不調は深まるばかりだ。殺すならひとおもいにやってくれ。
 来世があるなら、同じことの繰り返しなら、ここでの記憶を持って次に臨みたい。


 毎日同じことで悩んで苦しんでいると、いったい何がそこまで自分を追い詰めるのかと哲学せねばならない気がしてくる。
 本当に同じだ。同じ内容、同じ言葉、同じ描写を毎回脳裡で繰り返して、また傷付く。痛む。膿んでしまう。
 ということは、そこに思考を重ねていけば、ここまで苦しまずに済むのではないかと思うことは、至極当然だった。

 だけど、考えても考えても解らない。
 他方からは「恋愛で見ていたからでは」と言われて、恋愛面で考えてもみたけれど、どれだけ考えても相手の子を産んであげようと思ったことはない。家庭も善意から持たせてあげようと思ったこともない。

『一緒に居られればいいけど、きっと一緒には居れくれない。だから、今の関係が一番だ』
『いつでも話せたらいいけれど、きっと相手は望まない。だから、年に数回会えれば充分だ』
 そんなふうに考えて、相手が本当は僕のことを望んでいないのだという事実から逃げていたのかもしれない。何年も何年も。

 幸い、僕と相手の中間に位置するような人間は元からほぼ居なかったから、互いが別の集団ではどのように振る舞っているのかなど、解らなかった。どんな集団に属しているかも知らなかった。
 だから、自分と相手のことしか解らない。客観的な視点を持っているつもりでも、そこは別の側面からの考察だとか実績がいつも欠いていた。

 僕はどうして苦しんでいる。何がそこまで悲しませる。
 言ってしまえば、よくある別離だ。意見が食い違い、環境を違え、仲良くしていくことが難しくなった人間は、今までも居たではないか。
 それら全てに食い下がったわけではない。中には、さっぱりと途切れても痛みの一つも感じなかった関係もあった。途絶する未来がすぐ見えていたから。

 この子は、何が違う?
 途絶する未来を想像してばかりだった。僕だけが話したくて、必要としているんじゃないかと、二十年ずっと不安を残してた。
 恋愛面から近付いたこともあったが、有耶無耶のうちに無かったことになった。たぶん、相手も忘れている。
 では、親友なのかと言えば、当て嵌まる部分もあるし、違う部分もある。
 本当に、単純に、理解なんて不要なほど、僕とあの子の関係は特殊だった。俗に言う「友達以上恋人未満」が一番近いかもしれない。
 そう言ったら、相手は否定するだろう。僕の見目がもう少し良かったら、そこまで力強く否定することはなかったかもね。

 なんだかんだ言ったって、僕の見目が完璧であればここまで拗れなかったと思う。
 特別な関係、二人だけの秘匿、そういったものは優れた容姿を持つ者にのみ許されるのだと、最近思うようになった。
 器でなければお互いを認識できないから、見目の良さを追求するのは当然だ。
 それが解っていながら、僕は見目の醜さを置いてあの子の傍に居たいと思った。それもまた間違いだった。

 そこまで理論が成立していて、ここまでもう諦めた方がいいと答えが出ていて、何故受け入れられない。どうして終わることを怖がっている。
 あの子がそんな人間ではないと信じていたいからか。
 あの子がもし見目で何かを決めるような子で、本当に無責任なだけだったとしたら、そんな人を信じてきた自分の立つ瀬が無いからか。

 離れるのが耐え難い。あの子から離れたら、僕は存在できなくなってしまう。
 それは依存というものでは?
 依存の何が悪い。
 僕が存在できないって程度なら、あの子の為にはならない。
 依存だけで終わらせてなるものか、少しは役に立ちたいんだ。

 ずっと昔、僕のことを必要かと尋ねて、必要だと言わせたことがあったような。
 あれをあの子の意思で言ってくれたら、少しは違ったのかなぁ。
 あの子が僕みたいにいつも相手に対して真っ向から好意を伝える子だったら、こんなに寂しくなかった?

 たぶん、それもあるけど、僕がちゃんと信じ切れなかった所為だ。
 結局こうやって必要ない存在だっていじけて、あの子の言葉を疑って、行動に傷付いて、正しく見ることができなくなった、僕の所為だ。
 僕がこうなったのは、あの子が原因でもある。その責任を取れよと追い立てて、逃げ場を無くしてやりたくなる。そうしないのは、あの子が僕に対して責任を取るなど、僕を選ぶなど有り得ないと解っていて、それが目の前でちゃんと現実になってしまうのが恐ろしいからだ。

 それらの悩み全ても見目が良ければ、あんまり拗れなかったわけだよ。
 人間やっぱり見た目なんだよ。中身が大事とか言っているけど、こうして土壇場に来た時に本性も本心も解るものなんだよ。
 どれだけ奇麗言を宣ったところで、バレる時はバレるのさ。

 ここでこうして一人でうだうだぐちぐち言い続けて、これからも言い続けて、相手は他の人間と正常な関係を作って幸せになっていくのだろう。
 僕は置いて行かれるだけだから。選ばれないだけだから。それをどれだけ辛いと言ったって、もう日の目を浴びることはなくなったんだ。
 君が落とした地獄だ。どうしてここまで悩んでいるのか、苦しんでいるのか、一欠片でも理解できそうなら、きっと僕は君を許せる。

 離れるのは度し難い。僕の為でしかない。そりゃ君だって離れるだろうさ。
 そこにまつわる全ての原因が環境でも自他共の変化でもなくて、ただ見目にまつわるものだとしたら、これは全くの喜劇だ。出来が悪いだけの。

 僕自身がどうしようもなく壊れて、何日も経った。離れてしまったことを認められないみたいだ。
 また話したい、誰の為に? また会いたい、誰の為に?
 君の為になるのは、きっと僕がもう関わらないことなんだろうね。君も本当はそれを望んでいたりするのかな。
 何度も問い掛けられて、繰り返されて、君も嫌になってきているだろうね。それとももう慣れていたっけ。

 まだともだちでいたいってのは、不遜か。
 めちゃくちゃ文句言ったし、怒ったし、傷付いたし、呪ったからな。
 だけど、味方でいたいってのは本当。今でも頼ってもらえるなら、助けたいと思う。
 そう約束した。そうすると決めた。何がどう変わろうと、僕は約束を破りたくない。
 逃げる前に話してほしい。止められるかもしれない、あと少しだけ力をあげられるかもしれない。
 君にも少しは響いてほしい。僕と離れることを寂しがるなんて、想像もつかないけど。

 僕は君に預け過ぎた。そういう人が居るってことが、今までずっと支えになっていたんだ。
 君の中の僕も、支えになれていたら良かったのに。
 諦めたくない。離れたくない。狂っているのは解っている。

 それがどんなにか辛い選択であるかを、僕は知っている。たぶん君も知っている。
 口では軽々しく自分のことを貶してみても、本音ではまだ期待を持ちたいというのは当たり前だ。
 自分に完全に失望してしまったら、その自意識を抱えて生きていくのは難しいから。
 生きていくには多少の誤魔化しも必要だし、何でもかんでも真正面から見据えていたら、事実の重さにやっぱり生きていけなくなるから。

 半年続いた責め苦と呪詛は、きっともうすぐ終わる。
 さすがに疲れた。どれほどの密度と濃度で果たしたかは、自分でも計り知れない。
 その重さで僕自身もまいってしまったが、そうなることは解って実行したつもりだ。
 その極めつけが思い出すこと、即ち自分に価値は無く、不当な扱いを受けても仕方ない程の欠陥品だということ。
 そもそもが上等な扱いを受けるに値しないし、相手も他に良いものを見つけたらそっちに行くのは当たり前なわけで、そこに少しでも「ぼくのことを見て必要としてくれる」と希望を持ってしまったのが間違いだった。

 世の中の全てにその真理が当て嵌まることは、絶対に無い。
 皆、誰かしらに良かれ悪しかれ必要とされ、自意識を保つために誇りを懸けて、或いは堕落してしまった後で、何某かの奇跡と対峙できる瞬間があると思う。
 僕にもきっとある。それとも、もう味わった後で、これからは失っていく一方だろうか。

 最初は凄く怒っていた。何でこんな仕打ちを受けねばならないのかと、お前がしっかりしていればこんなことにはならないと、とても怒っていた。
 だけど、ある時、ふと思い出した。僕にはそうしてもらうだけの価値が無いことを。
 だから今までさんざん覚悟を問うようなことをしても、良き回答など得られたことがない。向き合ってもらった試しがない。
 それを他の人間に対しては行った、それが何よりも許せなかった。

 でも、そこだって、僕に対しての気持ちや覚悟は持てず、責任も果たす気が無ければ、他の人間に対しては動けるなんて当たり前の話だ。
 要は僕が選ばれなかっただけ。尤もらしいことを言われたけど、僕を選びたくなかったという単純な事実を、聞こえのいい言葉や誤魔化す態度で巧妙に隠していただけだ。
 それが自分が悪者にならないためか、僕に悪いと思ったからか、もう解らないけど。

 そんなことを十年は続けていた。僕は真剣だったし、必死だったけど、相手はそうじゃなかった。
 見せてほしかった必死さや覚悟は、他の人間には見せられるようだ。
 僕は選んでもらえなかった。また捨てられてしまった。

 世間から見ればこの選択は正常な判断だ。友人と伴侶を天秤にかけて、しかもその友人が気狂いとあらば捨てるは道理。
 そこで如何に積み重ねられたものがあろうとも、築けたものがあろうとも、性欲と愛欲には敵いはしないのだ。何故なら、彼らは人間だから。
 人として、真っ当な社会人として生きていく上で、最良の判断だったのだ。それも解っている。

 解っているから悲しいし、壊れてしまった。
 本当に壊れてしまったじゃないか。この歳にして、この壊れ方は存外キツいものがある。
 もう戻れない。僕の為に誰が何をしてくれるって?
 自分がどれだけ最低なことをしたとしても、僕みたいな欠陥品相手ならノーカンだと思えた方が、きっとあの子も気楽だろう。既にそうしているかもな。

 自分自身を諦める、それはとても辛いこと。
 もう必要とされない、人のふりをした塵なんだと、思いたくなくても思ってしまう。これは呪いだ。
 周りにまだ友達でいてくれる人は何人も居るし、彼らが僕の為に何か言ってくれるなら、それは否定したくない。
 それはそれとして、僕はどうしようもない塵なのだ。捨てられて、選ばれない存在なのだ。
 人間誰しもが僕を捨てるわけではない。拾ってくれる人も居る。
 それでも、君には何度も捨てられ、選ばれなかった。それがどんな意味を持つか、味わってもらいたい。

 塵だけど生きている。夢を見る。
 早く帰りたい。自分でいられる場所に帰りたい。何度もそう願うけど、まだ帰れない。
 自分で器を捨てないと意味が無いのか。
 でも死ぬのは嫌だ。僕が僕を捨てきるのには時間が掛かる。
 きっと諦めきれない。奇跡なんて起きないのに、まだ諦めきれない。
 心は壊れてしまったけど、生きてはいる。それが厄介だ。
 どうやって死んでいけばいい。塵にはそのやり方も解らないようだ。


 高校生の頃に、いつもと同じノリで「仲良くなった友達を基にキャラを作って、冒険活劇でも書いてみよう!」と思った。
 大体、キャラの絵を描いてみたのが、高一の夏休みくらい。
 そして、好きなゲームも一致していたのでこれしかないと思い、そのゲームにちなんだ名前を付けて、物語を書き始めた。

 正直、その友達らのことは好きではあったが、どんな人間かをよく知っていたわけではない。
 だから八割くらいは自分の想像で補った。外見は十割、自分の想像だ。
 それでも散見する人間性を捉えて物語に反映させるのが得意だ、と自分を信じていた僕はとにかく書いてみれば解ると言わんばかりに、せっせと物語を書き進めていった。

 途中までは順調だった。大学生になる頃に、少し躓いた。
 社会人になってからは大いに躓いて、病んで、関係性もどんどん変わっていった。
 病んだ心そのままで書くと物語が紛い物になってしまうことを恐れて、書かない年数が増えてきた。
 書いても後で読み直して削除、加筆、そして数ヶ月後にまた削除、といったことを繰り返し、そこで無駄になった時間は数十時間に上るだろう。

 そうこうしている間に、自分も変わった。友達も変わった。
 今となっては、残っている人間関係など無い。皆、居なくなった。
 僕だけが変わらずに残っている、そういうことではない。僕も変わったけど、一緒に居ることは叶わなかった。
 その所為で、僕は完全に壊れてしまった。人に期待した自分が愚かだと、これほど痛感したことはない。
 それでもまだ書き続けた。これを書き上げなければ、死ねない気がずっとしていた。

 誰が読んでくれるわけでもない。強いて言えば自分。自分のために書き続けた。
 友達にも読んでほしい、感想を聞かせてほしい。
 数年前ならそれも容易だった。書き始めた頃は、もっと素直に聞けた。
 今は何もかもが遠い。
 実に二十年近く掛けて、物語は一応の完成を迎えた。

 その二十年の間、何もできていない日々がちらほらある。数年は確実に損をしている。
 でも、全くの無駄ではない。僕にとっては大事な軌跡であってほしい。
 これを書き上げれば、きっと何かが見えてくる。変われる。自分の中で完結するものがある。
 そう信じて、特にこの三年、四年は凄まじい勢いで書き続けたと思う。
 ちょうど最愛の友人を喪失しかけていた年数だ。正気でいられるのは書いている間だけなのかもしれなかった。

 まぁ書き上げたと言っても、まだ骨組みを作れたに過ぎない。
 ここから肉付けの作業に入る。足りない説明とか、単語の統一とか、そういった細かい部分を修正していきたい。
 それが終わったら、本当に完結。物語は次の舞台へ。

 幼馴染みメンバー以外でこんなに動かしたくなる人物が居るのか、と自分が不思議でならない。
 二十年も経って、この物語のキャラは僕の想像していたものより、ずっと良い子達に育ってくれた。感慨深い。
 だから愛着が湧いてしまって、別の話を書く時も必ず使ってしまう。
 それでもいいか。僕はプロではない。自分の望むものを自分で綴りたいだけ。

 だから完結して清々しい一方、まだ書き足りない部分とか、最後の最後に仕方ないから幸せな終わりにしてあげようとか、いろんなことを考えている。
 時が経てば何かが失われる。生きている限り、悲しいし苦しいことも続く。それで物語が終わってしまうのは、とてつもなく現実的で、だからこそ痛々しい。
 だけど、そこに少しの救いをもたらしてあげたくなった。珍しく、ハッピーエンドへの道筋を示そうと思えたのだ。
 そうなるくらいには、この子達のことが気に入っている。

 二十年も書いていると、書いていることこそが当たり前になって、完結なんてできないかもしれないと思ったこともある。
 喪失感に耐えられなくて、終わりにするのが嫌になるんじゃないかって。
 それは僕が現世でやり残したこととなって、死ぬことができないんじゃないかって。
 だが、ここまで来たらしっかり終わらせてあげなければと思えて、突っ走った。脇目も振らずに突っ走った。
 お蔭で偏りはあるものの、伝えたいことは何となく解るような気がする。粗削りな文章が二十年前とそんなに変わらなくて、顔から火を噴くこともあるけれど。

 書いていなければ自分に価値は無いと思っていた学生時代から、書いていようがいなかろうが価値が無いと思い知らされた社会人時代を経て、今はその頃の思いを一気に思い出せた気分。
 あれだけ苦労して手に入れた絆も宝物も、人間の本能や感情に左右され、失ってしまった。
 二十年掛けて馬鹿をやり通した、そういう気分だ。
 物語の中ではそうじゃない。二十年を通して、あの子達は成長し、歩き出した。僕が衰えたのは肉体だけで、感性や筆力までは落ちていないと裏付けてくれるかのよう。

 誰の為でもなく、自分の為だけ。プロではなく、アマの中でも棒にも箸にも引っ掛からない存在だが、満足感と充足感には溢れている。
 誰かにこれを読んでもらいたいとも思う。でも、批判や批評に耐えられるかな?
 僕が生きた証のようだ。そりゃ大事にし過ぎて、どこにも出せないね。勿体ない。でも、解ってほしい。

 物語は一旦の区切りを見せても、続いていくものだ。だから尊くて、ちょっと寂しくなる。
 この子達も、現代に産まれていたら、こんなふうには生きられなかった。あの世界で、あの宿命を背負ったからこそ、こういう終わり方になったんだと、自分でも納得している。
 それが僕にとっては不思議だ。僕もあの世界に生きていたなら、今とは全く違う考え方をしていただろう。
 それは周りの人も同じ。この環境、この立場だからこそ、生き方が変わっていく。
 僕は早くあの世界に帰りたい。こんな世界に来なければ、こういった失い方をせずに済んだかもしれないと、いつも悲しくなってしまう。

 心は常に続きを書きたいと、逸っていた。
 やっと最後を見通せるようになって、久しぶりに友達と話したくなった。
 それもやっぱり僕の都合で、向こうは社会人として忙しくしているのだから、もう僕の言葉が届くことはないのだろう。
 そんな果敢ないものを後生大事にしようとしていたなんて、自分はつくづく現代向きの人間ではない。
 早く終わりにしたい。死ぬのが怖い。でも、死ななければまたこの前のように失うんだろう。

 肉付け作業を終えて、書きたいことも書ききったら、やっと死ねるようになるのか。
 僕の夢の続きは、僕にしか見えない。それでもいいよ。ここで失い続けるよりは。

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