光を
まさかこの歳まで生きていられるとは思わなんだ。
更に、光を望むような考え方を保っていられるとも、思わなんだ。
これまでの生き様に、どんなことを感じてきたろうか。
十年前の自分はいったいどこまで予想できていただろうか。
今となっては笑うしかない数々の出来事で、この十年はあまりにも長かった。
その間にも、対人関係は深くなり、或いは離れていった。
自分から繋ぎに行ったものもあるし、手放したものもある。
二十年も信じて終に梯子を外され、それがきっかけで思考も生き方も洗練された。
より強く、より孤独に、より逞しく、しかし戦い抜くだけの勇気は未だ持てない。
半身となってくれるような存在を求め、人間以外の存在と懇意にしながらも、己の無力さや未熟さを痛感している。
人間として、というか生命としての役目をひとつ終えることはできたが、生み出したものに最後まで責任が持てるかは解らない。
自分にはできると思っていた当時こそ、マタニティー・ハイだったのでは?
よくもまぁ分不相応なことを願ったものだ。
だが、それを嗤うことのできる者がどれほど居るだろうか。
自責思考の始まりと、諦観からの狡猾さを学んだ。
やはり敵は敵のままだ。味方とする必要はあるが、最後まで信じず、気を抜かずに対峙することだ。
稚い自分の過去から学んだ怒りと教えを無駄にする勿れ。
兎にも角にも油断を見せてはならない、相手を喰らう程の覚悟で以て、人間とは関わらねばならない。
傍らで、自分の証明を欠かさないようにしなければならない。
即ち、書くことをやめてはならない。歌うこともまぁやめない方がいい。
昨日観た銀魂の映画は魂が震えた。生き返った。
こんなふうに誰かに何かをもたらすものを書きたいと、久しぶりに考えることができた。
それは晩年になって達成されることかもしれないし、一ヶ月後にはできているかもしれない。
今はまだ力が足りないし、誰かの為に書く気にもならない。
この感動や情動を礎に、またひとつずつ積み重ねていけばよい。
僕にしか書けないものを書く、それが至上の歓び。それは昔から知っている唯一の幸福の体現だ。
僕はどれだけ僕を失わずにいられるだろうか。
来年はまだ生きているだろうか。
大事にしたいものをどれだけ持っていけるだろうか。
来世に期待して死んだ時、目覚めるのはポポルの元だろうか。
永い旅路の果てに得るものは、魂に刻み込まれるのだろうか。
唯一無二の存在にいつ会えるだろうか、今の僕では役不足ではないだろうか。
あのひとはいつまで待っていてくれるだろうか。
僕は弱い、だから強がる。
この世の何もかもを統べるかのように振る舞い、数多のものを下に見ながら、天を仰いで自由を描く。
誰の追従も許さない。きっと辿り着いてみせる。
セレナ達と生き残って、堂々とした死を迎えてみせよう。
大いなる力に殺されるか、小さな怒りに殺されるか、そこもまた解らない。
あとどれだけのものを生み出せるだろう?
光だ。何もかもが輝いて見える。
それは死のうとした時に見えた光景に似ている。
何もかもくだらない。何もかも素晴らしい。
空が飛べないなら翼は偽物だ。
飛ぶためには今のままじゃ駄目だ。
早く次にいきたい。僕はここにいる。失われて堪るかい。
ランディに寄せて。紅弥の手を取って。
まだ巫子でいられるだろうか。死の間際まで気高くいられるだろうか。
ただの妄執、それとも真実か、もう一歩だけ世界の先をいきたい。
僕には翼がある、脚がある、力がある、そう信じないと生きていけない。
本当は疲れた。信じたくない。捨てられるのはもう嫌だ。
そんな自分に何かが手を差し伸べてくれる瞬間を、まだ待っている。永遠に来ないかもしれないのに。
ただ、光だけは射し込む。僕を焼き尽くすための光がそこにある。
照らし出された輪郭も影も僕に違いない。
すべて呑み込むほどの影と、灰の中から生まれ変わる奇跡をください。誰に頼めばいいのか。
絶対に呑まれない。人間にはもう負けない。
喰らってでも生きてやる。お前らに負けやしないからな、と啖呵を切りたい。
お前らを焼く光を、きっと。
この小ささが、醜さが、如何にも僕らしい。
愛される悦びを、選ばれる歓びを、あなたが、どうか。