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ふらみいの、とうかの、言葉吐しと成長録

 というと聞こえがいいというか、かっこいいのだけど、要は自分を見失っているのである。情けないことに。
 取り戻すには吐き出すしかあるまい。不浄なものも、嚥下できなかったものも、纏めて文章にするなり歌にするなりして、また新しいものを取り込むために吐き出すしかない。
 言葉吐しをするほど、自分を透明にできると信じる。そうでなければ、ここから助かるには死ぬしかないのだから。

 この二年ほどは育児が中心になり、そこに相まって家族に対する失望も絶望も先鋭化された。
 それはあたかも人間関係というものに期待できなくなった四年前の崩壊のよう。形骸化した信頼だの親愛だのをして、僕は僕のみを信じて生きることに決めるしかなくなった。でなければ、この育児という生命の大仕事を全うできないからだ。

 全うしなければならないのか? 僕が選んだことだから。
 だけど、僕を失ってまで続けることなのか? 人間として生きている以上は、やり遂げなければ。
 それは周りの印象の為に行っていることなのでは? 社会に生きる者として、敵は作りたくないんだもの。
 そんなものはクソくらえだ。

 僕を救えない者どもに、持たざる者どもにどう評価されたところで、それが僕の何になる。
 僕は所詮、独りだ。家族と少しは距離を縮められたような気がしたけど、本当に気がしただけだった。
 いつの時代も僕を追い詰めるのは僕で、その影には常に幼少期から続く因果だの呪詛だのが入り込んでいる。
 この血脈を途絶えさせるどころか、また新たな呪いを生み出してしまった。まぁ呪いそのものとなるかどうかは解らない、旦那の血も入っているし、本人の気質もあるだろうし。
 独立した人間として生きていくまで、僕は子を守らねばならない。その間、弱った僕を守れるのもまた僕だけだ。或いは守護者達が最期まで供についてくれるだろう。

 その育児のさなか、人間相手に様々な感情が渦巻く。
 ここ数年続いていた「他の人間を知って自分の世界を広げよう」という試みは、現在まったく止まってしまった。煩わしいし、どうせ穢される。
 停滞した環境では僕の生み出せるものもやがて濁るが、そうならないために他人と関わると傷付くことが多い。オンラインゲームを代表に、そんなことがやや次いで起きた。
 人に気を遣いたくなくても遣ってしまう。勝手に相手の過ごしやすいように、相手の感情を読み取り、対応してしまう。その結果、辛くなるのは此方だ。

 だから一人でいる方が気楽になった。それどころか、一人になれないと苦痛だ。
 そういう時間を少しでも持てるようにいろいろ使ってはいるが、それでも溜まったストレスと嫌悪感で圧壊する時がある。そういう時は大抵、体調に出る。
 そうやって半年に一回、早めに実家を切り上げて一人で過ごす時間を少し多めにとる。そうすると、少しは歯車の回りも良くなって、自分の中を整理することができる。
 整理すると言っても、こういった書き殴りだとかゲームで発散しているうちに、少し細かくなって呑み込み易くなるだけなんだが。年単位で咀嚼しなければいけないもの故、抱えた重さはどんどん辛くなっていく。

 自分だけが辛いのだとは思わない。皆、大なり小なり辛いだろう。
 だけど、この辛さを理解してくれる者が居ない、そんな状況で先ず一週間を生き延びなければならないということが、最近とても難しくなっていた。とにかく辛い、苦しい、終わりにしたいという内側の声が大きくなって、耐えられなかった。
 終わりにしたい、この一言がどれだけの悲鳴なのかは自分にしか解らない。誰とも会いたくない、何も考えたくない、ただ書いていたいと純粋に望む。望むほどに罪悪感も強まり、自分を苛む声や狭める檻が実体を濃く表してくる。

 日々、ゲームをしたり、フレンドと遊んだり、週末に友人らと会うことによって、正気は何とか保たれている。
 一週間のうちにどんどん気力ゲージが無くなって、合間や週末に友人らと話すことで回復するから、騙し騙しやっていく。それを続けていれば、子どもが大きくなって手が掛からなくなって、自分と向き合う時間が増えていく筈だ。
 今はまだ幼いから守らねば。あと、部屋も狭いから我慢せねば。
 自分の部屋のように使っている物置から出たくない。誰もここに入ってこないでほしい。僕の聖域は保たれるべきなんだ、毎日そう思うようになった。

 閉ざされていく心に、育児の重たさが堪える。
 最近とみに思う、被造物は造物主を愛するようにできている。でないと、生き残れないからだろう。特に幼い間は。
 だから、子どもが慕ってくれるのは本能に則ってのこと、ということになるが、それを哀れに思う自分が居る。僕みたいな人間から産まれたばっかりに、僕なんかを慕わなければならないなんて、かわいそうだ。
 本能など無ければ、もっと自分のことを自分で考えられるなら、僕などを慕うことはないだろう。人間に好かれん生き物であることは、重々承知している。
 だから、今これだけ慕ってくれている時間を無為なものと感じる。いつか無くなるものに愛着を持つなど、馬鹿馬鹿しいと。

 僕は本当に心を閉ざしているのだろうか。家族だの親子だのと無用なものに取り囲まれて、狂気を感じているだけなのだろうか。
 カウンセリングも投薬も続けているけど、良くなっていく気はしない。ゆっくりと悪くなっている。
 先生は「こういうものは良くなったり悪くなったりを繰り返して、少しずつ良くなっていくものです」と言っていた。じゃあ今は悪くなっているだけなんだろうか。

 こういう時はamazarasiやsyrup16gが聴きたくなる。内側に籠って、自分の壊れていく様を見るのは初めてではないけど、何でこんなに虚しいのだろう。

 とにかく、自分を取り戻していかねば。
 いつまでこうして書いていられるか解らない。天災、病気、心の壊死、死ぬ原因はいくらでもあるし、その時を自分で選ぶことはできない。
 来るべきその時まで、僕はできる限り後悔せずにやっていくしかない。僕の心が生きている限りは書ける。繋げる。
 頼りになるのは自分だけだ。その為に何でも利用しろ。浄も不浄も呑み込んで蠕動を続けるしかない。
 醜い様を嗤うものは多いだろうが、誰しも真似できることではない。


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田舎の祖母が他界した。
緊急入院の後、肺炎に罹ったとかで予断を許さぬ状況が続き、意識のレベルが低下してそのままという感じだったようだ。
これで父方も母方も、祖父母は皆が居なくなった。
会わずに何年も経った側のことも、最後に会いたかった側のことも、昔のことで鮮烈に憶えていることがそれなりある。
だから、死に顔を見ても、寝ているようにしか見えない。
涙は浮かぶが、それは彼女の生き様を称賛するものであって、同情などではない。

あ、でも、祖父が他界してから、祖母は随分と落ち込みがちだった。
それを押して生きていたのは、孫二人の行く末を憂いてのことだ。
結婚したか、子どもはできたか、毎度話す度に聞かれたが、彼女なりの気遣いだったのだろう。
祖父が居なくなったら話を聞いてくれる人がおらず、祖母は寂しい思いをしてきていた。
やっとそれが報われて、祖父の魂が迎えにきたろうと、こっちも安堵する。

田舎に帰るのが当たり前な上、関東から抜け出せるその旅路が昔から好きだった。
東北の空気や気配などが好きだった。
小さい頃はきょうだいと二人で先に行かされ、祭りを見たり、海に行ったりしたものだ。
祖父は冗談やキレのある一言がよく出てくるタイプで、あの浜辺には幽霊が出るぞと脅してきたりもした。
それでも海に行くのは好きだった。
そこで売っている、ちりんちりんアイスが好きだった。

祖母は健脚を誇り、大抵の場所へはバスと歩きでほいほい進んだ。
僕らが小さい時も引き連れてバスに乗り、遠いデパートまで買い物に出ていた。
ボケかツッコミかでいえばボケだが、言いたいことはすぐに言う早さもなかなかのものだった。
買い物帰りに僕らが公園で遊びはじめ、巻き込まれても楽しそうに笑っていた。

僕は昔の家こ窓から見えた隙間の空を、未だに憶えている。
家と家との間、本当に狭いところだったんだけど、そこから見た空が好きで、手元に書いていた聖剣の話も筆がのってきていた。
数年後、古い家や小さな畑は取り潰され、駐車場になった。

次に引っ越した家は二階建てで、周りにも家があるのに静かな住宅街だった。
タンスやカーテンの隙間など、どこか気になる場所がいくつもあった。
能力に目覚めてからは、何でもない路地に生じる妙なゲートを垣間見たりもした。
あと宗教施設から来る音が規則正しかった。朝早くの方はやめてほしかったがな。

田舎に帰省して、そこで小さな頃の思い出がある。
これはとても贅沢で、結構なことだと感じている。
僕が死ぬ時の走馬灯に、きっとこの時期のことは出るだろう。
僕が楽しかった時、嬉しかった時として、この頃の細かな思い出、どうでもよい瞬間を思い返す、体験する、それだけで僕は満足できる。

整えられた祖母の死に顔は寝ているようだった。
祖父が亡くなった時も、親戚の方に「病気で苦しんだりすると、死に顔も苦しそうになるんだって。でもそうならなかったのは不幸中の幸いよね」と言われて、なるほどなぁと思った。
まぁたとえ苦悶に満ちた表情だったとしても、綺麗にするもんなんだろうが…

この年齢になってくると、死はまた身近な隣人として近付くから、対抗して自分の死に様をきっちり決めておきたい。腹を括りたい。
終活を少しずつ始めて、一番泣くであろう人との交感に咽ぶ。
でも、死なないことには異変が生じる。人間は不老不死用の生き物ではないから。

コロナが流行ってから、まったく行けなかった。
でも、それで行かなかったことを責めたりはしない。自分で考えて決めたんだもの。
今回も、その日のうちに田舎まで行って、次の日の朝に帰るっていう慌ただしい日程になったけど、これで良かった。

祖母が居なくなったことは悲しい。
でも、思い出がいっぱい。忘れているだけで、もっとたくさんの話をしたの。
思い出があるから平気。寂しくはない。
視えていふから。あそこの椅子に座って、ぼんやりしている。
祖父に迎えに来てもらえて、やっと終わったんだ。
本当によくがんばったと思う。
おちゃめで、おしゃべり好きで、激情家の祖母だった。
そんな祖母と、ここぞって時に庇ってくれる祖父と、きょうだいで祭りに行ったのは、今でも憶えている。

好きなんだよ、ここ。
また来たい。また会いたい。
じぃにも言った、またねと。
だから、明日の朝出発する時も言う、またね。

本当に寝ているみたいなんだもの。
話しかけたら目を瞬いて、起き上がそうな。
頬は冷たく、少し柔らかさがあった。

夏の日っていうと、スーパーまで一緒に行った道。
公園に寄って、大きなブランコに三人揺れた。
何もかも大事な思い出。
振り返られるだけのものを手に入れていたことを、僕は自分に誇りたい。
だから、またね なんだよ。


自分でも気持ち悪いなぁとは思う。
それはただ感じたことというだけで、それ以上でも以下でもないのだが、痛い目を見た自分に対しては少し呆れた。
まだ人間に期待しているのか、縋りたい気持ちがあるのか、仕方のない奴だ。

先日、オンラインゲームで知り合った友人らに愚痴を零したばかりだった。
自分が仲良くしているフレンドを、別の人らに取られたような気がして落ち着かない。
だけど、そもそもそんな気持ちを持っていること事態が可笑しい、僕はフレンドの何者でもないのに。
そんなふうに話して、とりとめのない内容ながらも友人らは「そう感じるのはべつに変じゃないよ」と言ってくれた。

その次の日、誘おうかと思っていた矢先に、件のフレンドから遊びの誘いが入った。
正直、僕とコンテンツに行くより、周りの人間と行った方が効率としては良いと思うが。
でも、その人は効率より何より、ただ楽しく遊びたいだけなのであった。

僕はその人の特別になりたいと思っているわけではない。
そうなれたら、それはそれできっと楽しいことだけど、いろんな問題や価値観によって為されないことだと理解している。
無論、恋愛など差し挟む余地は無い。それ以上の何かに近付けるなら、代償を払う甲斐もあるというものだが、そうはならないだろう。
その人がそんなことを望まず、誰かを自分の中に招くのも嫌だから。何となくそう感じていた。

僕はその人に勝手に親近感を抱いている。
感性が似ているし、好きなものも嫌いなものも方向性が被ることが多い。
誘い誘われのタイミングも似ていて、細やかな気遣いや、あっけらかんとしているようで壁が厚いところも気に入っている。
だけど、それだけだ。同じ気持ちではないことも解っているから、それだけなんだ。
友人に言われた、どこかの本にあった「私はあなたのことが好きだけど、それはあなたには関係のないこと」という内容そのままの思いで、その人と遊んでいる。

僕は基本的に二人で遊びたいし、話したい。
そのなかで、その人と遊ぶ時間は穏やかだった。自分でも不思議なほど。
辛いことや苦しいことを分かち合う必要は無く、話せば聞いてくれるけど、話さずにいてもいい。
どうでもいい話をしながらでも、黙ったままでもいい。
そういったタイミングだとか価値観だとか、非常に近いものを感じる。
だから僕はその人が好きだし、仲良くしていきたいと思っている。

その人を他の人間に取られると感じた時、寒気がした。自嘲した。
そんな勘違いや期待が、かつての喜劇を生み出したというのに、まだ懲りないのか?
人間には無理なんだ、貫き通すことは無理なんだよ。
そんな弱き者どもに縋らねばならんほど、僕は弱いのか?
否。人間風情に、もっと言えば異性愛者風情に支えられるなど、一生の恥だろうに。

なのに、居心地の良さを感じて、手放したくないと思っている。
長年の癖のようなもんだ。あの子と居た時のような、淡い期待と深い絶望だ。

勘違いするなよ、僕が勝手に抱いて、勝手に気に入っているだけなんだ。
相手は同じにはなれないし、たくさんの関係を持っていて大事にしている。
僕はどこかに留まっちゃいけない。相手も同じ気持ちにならない限り、留まれないんだからね。

だけど、だけどと感じている。
あの子と離れて4年ばかり、またこんな気持ちに浸れる日が来ようとは。
僕はまた居場所を見つけたような気分で、その人の隣の居心地の良さに安心している。
最近またあの子の夢を見るのは、そのへんの記憶が刺激されるからか。

あの子との再会が遠くないとして、その人との付き合いは大事にしたい。
でも、誰かの声が聞こえる。恋愛なんじゃないのって言う奴が。
僕はあの子に対しても、その人に対しても、子孫を残したいなんて思ったことはない。だから恋愛ではない。

僕は安心できる場所に居てはいけない。
なのになぁ、何だか懐かしくて、安心もできて、週に一回は遊びたくなる。
相手も同じ気持ちなら良かったのに、と思う時もある。
そう思う度に、仄かな失意と4年前の辛苦が意識を苛むんだよ。

でも、まぁ、こうしていろんな気持ちを感じられる人に逢えたこと自体は、幸運だった。
もし同じでも同じじゃなくても、僕が勝手にその人のことを好きなことに変わりはなく、同じものが返ってこなくてもべつにいい。
一緒に居ること能はずとも、僕の力にはなってくれる。


 というものを友人から訊かれて、上手く答えられなかった。
 嫌いな人間のタイプはたくさん居ると思う。「君は人間嫌いだろう」と人から評価されて、「人間が嫌いなんじゃなく、嫌いな奴が人間に多いだけだ」と即座に答えるほど。
 嫌いとまではいかないけど、苦手だからなるべく付き合いたくないタイプーーということでいいのだろうか?

 それをずっと片隅で考え続けていたが、何となく解ってきた。嫌いじゃないけど、付き合わずに済むなら付き合いたくないタイプとでも言おうか。
 細かな情緒のやりとりが声ないし対面でできない人間が、苦手だ。何を考えているのか解らないから、距離を取りたくなる。
 正直、野生動物の方がまだ直感や本能に任せて感情を発露していると思う、そのレベルでこちらから見て感情が死んでいるようなタイプが苦手だ。

 尤も、相手からすればちゃんと感情があるし、表に出しているのに、僕が全く感じ取れていないだけという可能性もある。
 そこを阻害するのが、僕が自負として持っている感受性の高さだ。つまり、自分の感受性に引っ掛からないから、この人の感情は死んでいると、そのように認識しやすいのかもしれない。傲慢な話だが。

 オンラインゲームでフレンドになった人はそこそこの数が居るけど、続いているのはごく微か。それも対面で遊んだことのある人に限られる。
 元来、僕は筆まめな人が好きだ。それは誠実さの一種であり、ちゃんとこちらと関わろうとしているのだと思えるから、好感が持ちやすい。
 反対に筆無精が苦手だ。こっちの時間を何だと思っているのだろうと、嫌悪感や忌避感を抱きやすい。

 最近、フレンドになった人は、連絡すればちゃんと返信がある。だが、主体性は無いように見えた。それがこちらの不満や不安を煽るのだが、まずそういう考えに至らない部類の方のようだった。
 いつメンというものに憧れ、筆無精な人間に辟易しているようだったから、それなら仲良くできるかもと思って、こちらから声を掛けた。
 チャットを介して話をしてみた時、相手の感情があまり窺えず、振る話題に苦労した。というか、ほぼこちらが喋ってばかりだった。

 二回目の遊びの時、通話しながら遊んでみた。聞かれたことには答えるけど、自分からあまり喋らない人だった。
 それどころか、話題を膨らませることもなく、粛々とコンテンツを消化し、こちらは振る話題に窮して、終わった後に「ただの接待だなぁ」と疲労感を覚えた。

 そこで思い出したのが、別のオンラインゲームで仲良くなったフレンドのことだった。
 その人もやっぱり返事はちゃんとしてくれるけど、チャットではあまり自分のことは話さなかったし、こちらにも興味が無いようだった。
 通話もしたことあったが、会話は弾まず、これでは疲れると思って僕はチャットに切り替えた。
 しかし、戦闘中にボタンひとつで送れるスタンプ機能はよく活用する人で、こちらがナイスプレイを見せると、すぐさまスタンプで反応してくれて、そこは嬉しかった。

 ここで疑問なのが、僕がどういうフレンドを欲しいかということだ。
 これもまた生来の気質だが、僕は会える友人が欲しいと思う傾向にある。ネットを介して会った人でも、いつかは生身で喋りたいと思い、それをずっと実行してきた。
 ネット上だけで完結する関係というものは、あまり自分に合わない。それは若い頃から理解していた。
 「何でそんなに会わないといけないのか?」と訊かれたこともあるが、会った方が相手のことが解るからに決まっている。物理的な距離をすぐ覆すことはできないけど、生きている間に何度も会っておきたいのだ。
 まぁ、この質問をしてきた友人も、文章と実際に会って話すのとでは印象が大きく変わる人なので、そういうタイプは僕みたいな会って話すタイプがあまり好きではないのかもしれない。

 なもんで、スタンプで反応してくれるフレンドと遊ぶのは楽しかったけど、実際のチャットや通話で盛り上がれなかったのが残念だった。
 後にこの話をカウンセリング先でして、「実際の細かなやりとりよりも、ゲームを通したやりとりの方がいいのかもしれないね」という意見を貰い、成程と合点がいった。
 相手が欲しいのは、ゲームができるフレンドだ。それ以外で関わるつもりがない。リアルに居るような友人ではなく、ゲームを一緒にやるだけのフレンドが欲しかったのだろう。
 だから向こうから誘ってきたことは無いし、こちらから別ゲームに誘っても反応が無かった。

 ・・・・・・それは僕から見れば、ゲームフレンドbotでしかないが。

 そして、今回のフレンドもそれに近い。スタンプ機能は無いから、意思疎通を取ろうとすると通話ありきになりがちだが、自分から話を振ることがあまり無ければ、相槌を打っても話を膨らませる気が無さそうと窺えるところが、とっても苦手だ。
 事前に「話下手なので」とか何とか言ってくれれば、こちらも配慮できるんだけど、それが無い。相手が話しにくいかもとか、こう思うかもっていう予想や予測が立てづらいのかもしれない。

 僕は感受性が人より優れていると自信を持って言えるし、細かな情緒のやりとりが得意だ。それは対面の時に最も発揮され、余裕があれば通話でも何とかなる。
 だが、今の余裕の無い僕では、感受性ばかり過敏になって、相手の受け取らなくていいものまで受け取ってしまっている。
 僕は自分の得意な分野で相手を知ろうとし、仲良くなろうとしていたが、それが相手にとっては重荷になっていたのかもしれない。こっちのペースに合わせなきゃいけなくなるからね。

 ・・・・・・とはいえ、初対面の相手なら気を遣って、何が好きですかとか、これはどうですかってところを切り口に話を始めるもんだと思うけどな。
 この辺は接客経験が無いとできないことか、そも相手に興味を持っていなければできないことか?
 とにかく相手はゲームを通してでしか、こちらと関われないのかもしれない。

 どうしよう、そういう人は僕に必要ない。


 大学時代の友人と一年に一度は定期的に集まるようになって、何度目か。
 今日もその会に行ってきたわけだが、そこで意外なことを友人に言われたので、整理するためにも書かずにいられなかった。

 なにせ引っ越してからこっち、自分の部屋は無いし、家族とは扉一枚隔てているだけで、以前よりも物音はよく聞こえるし、独り言もばっちり聞こえる。
 そんな環境で書けるかーいって、半年近くほぼ何も書かなかった。書けなかった。
 もっと一人になれる場所で~なんて言っていたら、このまま書けずにいきなり死にそうだ。そんな焦りだけはあって、条件とか環境とか関係なく、とにかく書き出してみたかった。
 そのきっかけとなったのが今日の会だったので、友人らには感謝せずにいられない。

 僕は明暗で言えば、明らかに暗の方の存在だ。自分でも自覚はあるし、かつて友人だった人、或いは仕事先の人からも「ネガティブな方の人間だ」だの「あなたの話を聞くと暗い方へ引き摺られる」だの、好き放題言われたものだ。
 僕は人の話を聞いて共感こそすれ、引き摺られることがあまり無かった。だから、かつて友人だった人の言う”引き摺られる”の意味が解らなかった。
 今にして思えば、もう交友関係を続けていけるような間柄ではなかったのだろう。喧嘩したこともあったし、その際に相手を泣かせてしまったこともあって、そのわだかまりは解けたものだと思っていたが、相手の中ではそうじゃなかった。同じ次元でものを見ることはできなかったんだ。

 そんな自分に対して、今日会った友人は「君と話すと元気になるし、表現も的確だ」と評価され、もう一人からも「こうした方がいいって押し付けてくることもないし、寧ろ話を聞いてもらって要点が整理できる」といった旨のことを聞いて、とても意外だった。
 更に、先の友人は随分と昔に僕に対して「閉鎖的なんじゃないのか、勿体ない」と言ってきたことがあって、当時の僕はそれに反発したものだった。
 そのことを憶えていた友人は「あの時はそう言ったけど、今にして思えば君はしっかり考えていた。閉鎖的なんじゃなくて、長く付き合える人を見抜いていた。それに比べれば自分らなんて、まだ子どもだ」と言って、「昔の友人が残っているということは、その時からブレていない」と再び評価してくれた。

 意外や意外、僕は誰かに何かを与えられる存在になりたかったけど、実際にはなれないだろうと思っていた。
 確かに、人によって場所によって、話すことや思考を柔軟にしていこうと心掛けてはいたが、自分の軸に沿わないことを話したことはない。八方美人ではない。
 閉鎖的なんじゃないかって言われたことを、まさか二十年近く経って「自分の見方の方が誤りだった」みたいに言われるなんて、思わなかった。
 その時の僕は図星を突かれて、こいつに何が解るんじゃいって怒って、それで反論していた気がする。
 子どもじみた反抗だったのに、二十年近く経って友人は自分の認識を改めた。その一つの答えのようなものを聞けたということが、僕にとっては偉大な奇跡だ。

 それに、もう一人の友人が言った「話を聞いてもらって整理できる」というところは、僕がよく会う友人に抱く感想そのものだった。
 彼女は筆力もあるし、思考する力もあるし、僕なんかよりよっぽど読書家で、ゲーマーで、他人に左右されることはない。そんな彼女に自分に起きたことを話すと、客観的な視点からずばずば言ってもらえるので、僕の思考の組み立てにとても役立つのだ。
 そんな役割を、まさか自分が誰かにしていたとは。話を聞けて良かった。

 僕の存在価値なんて、友人によって認められるところがやっとだ。
 家族も旦那もその他の人間も信用ならないところがあるけど、自分が選んだ友人達は今でも好きだし、できる限り関係を続けていきたい。相手の人生に関わることができなくなったとしても、その幸福を願える自分で在りたい。
 ただ、この先を生きていれば別れは必ず来るだろうし、或いは予期せぬ訣別が待っているかもしれない。既にそんな訣別を経験した僕は心が壊れて久しいが、友人達のお蔭で生きていられる。多くを望まずに、彼、彼女らの幸福だけを願える。
 そこは感謝するかな、訣別した奴に。でも、許すことはできない。また話したいけど。

 僕も、誰かを元気にできるようなことを話せるんだ。
 TPOを弁えてこそだし、もしかしたらそう言ってくれた友人だって僕の話をもっと深く聞いたら、自分の感覚をまた訂正することになるかもしれない。
 だけど、今日聞いた話は間違いなく友人が感じたことだ。それを伝えてもらえるだけの成長を、僕はきっと遂げている。
 それ自体はきっと喜ばしい。良いことだ。僕の糧になる筈だ。信じたい。

 僕は彼らの死を見届けてから、死にたい。友人らの老いと魂の旅立ちを祝福したい。
 最後にそんな我儘を言ってもいいと思う。僕だっていつ死ぬか解らないけど。

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