Pearl
数々の名作を勧めてきた友人が「こんな映画を観たんだけど、是非観てほしい!」と勧めてきたのがこれ。
どうやらシリーズ物らしいのだが、初回の作は観なくても話が解る(というか、別物として観られる可能性)というので、前作に当たる『X』は観ていない。
たぶん疲れる映画なんだろうなと思っていたので、観られる精神状態になれる時を待っていたのだが、雨降りの本日、そういう心境になれた。やはり観たくなった時に観るに限る。
『X』で出てきた殺人鬼のおばあちゃん、パールの若かりし頃を描いた作品なんですって。
殺人鬼に至るきっかけ、過程を表した作品なのだということは聞いていたから、こんな理由なのかなぁと想像しながら観ていたわけだが、その辺はまぁ想像通りではあった。
想像通りっていうか、自分に重なる部分は幾つもあったので(法に抵触するようなことはしていない、念のため)、パールの環境や心境にえらく感情移入したものだ。
1918年のアメリカが舞台。パールは銀幕のスターを夢見る女性で、旦那のハワードは出兵中。実家である農場で、厳格な母親と、病気で身動きの取れない父と暮らしている。ハワードはどうやらこの農場に婿入りしているらしい。
母親は「最善を考えている」らしくて、とにかく厳しい。あれこれ指示してきて、娘の行動もすぐに見抜く。
父親はそんな母娘の間で口も利けず、身体の自由もきかないまま、母親に叱りつけられる娘を見ている。その世話になって、息も絶え絶えにモルヒネを飲まされていた。これは病状の緩和のために飲んでいるのかな?
パールは映画の中の踊り子に憧れていて、自分には才能がある、絶対にスターになれると信じて、牛舎で動物達に踊りを披露しながら、その時を待ちわびているようだ。
動物相手に踊っているだけなら、まだ可愛げもあるんだけど、ぽやぽや歩いてきたアヒルをでかいフォーク状の農具で殺し、池に住むワニに餌付けしている辺りから「あれ、なんかこの娘・・・・・・?」と気付かされる。
もう既に片鱗が見えている、見えているよ、パールちゃん!
ネタバレ無しで感想を書くと、あぁ~そうなのよ、解る、解るよぉ~という、ねっとりとした納得を抱いた。
パールほど酷くはないが、自分の実家も皆が抑圧され、歪み、社会生活を普通に送っているけども病んでいた。そういう環境に居たら、子どもはどのようになるか? 歪むに決まっとる。
パールの年齢がちょっと解らなかったけど、たぶん20代半ばとかなのかな。ハワードも出兵したってことは若いんだろうし。今の価値観からすれば、結婚する年齢は早い方よね。
故に、若さと衝動を持て余しているようにも見えた。ただ毎日、農場の手伝い、幼子のように母親に小言を言われる、動けない父の介護って、若い人が背負うには苦しいと思う。まだいろんなことしたいだろうし、縛られたくないよね。それはいつの時代も感じるものなんじゃなかろうか。
で、またそれを町の映画館で遭った映写技師に言われて、客観視ができちゃったところが、ターニングポイントになっちゃうのよね。一時的にでも、ここでパールは認められたんだから。
それが自信に繋がって、やる気に繋がって、この勢いを失いたくないって思うのも当然よ。
その勢いを殺ぐ実家と母親に嫌気が差すのも、仕方ない。正しく「私は誰にも止められない」の状態だった。
パールの体験した環境は厳しいもんだったね。
親からの抑圧、貧しい生活、ぶつけどころの無い欲求・・・・・・でも、根源的なパール自身の欲求は誰にでもあるもので、しかしそれを与えるには周りにも余裕が無かったってのが、こうなった原因なのかなーなんて思った。
この歯車がどこか一つでも違っていれば、パールが堕ちるところまでいくのを止めることができたかも?
彼女も反省しているような素振りはあったからね。もう止まれなくなっちゃったけど。
あと、やっぱり主演女優の演技力に度肝を抜かれる。古いアメリカ映画っぽい表現も相まって、ものすっごく雰囲気があるんだよね。映画が彼女についてきている、みたいな。
この方は『X』でも特殊メイクをしてパールを演じているらしいので、この役にうってつけなのでしょう。そうでしょうよ、ラストとか凄かったもん。
夢見る田舎町の娘、重圧に喘ぐ娘、性欲を発散しきれない娘、とにかく若さとか愚かさ、過ちを詰め込んで、たっぷり演じきっているのよ。見応えがめちゃくちゃあるのよ。どうやってキャラ作りしたんんだろう。
叫ぶ演技も、泣く演技も、身体張ってバシッと決めている。とある場面で泣く演技とか、うわーーめっちゃ悔しいんだろうなってのが伝わってくる。圧巻でした。
こんなに演技で圧倒されたの、『VVitch』の弟くん以来だな。あれはもう一度観たい。
個人的には非常に楽しませてもらったけど、人に勧められるかというと難しい。
軽い気持ちで観るにはグロステクな心情や描写、ちょっと性的な表現もあるので、その辺に興味や理解を示せる人が観たら面白いかも。
若かりし頃がこんなんで、老婆になった時にどういう行動に出ているのか、とっても気になりました。
近いうちに『X』も観てみようと思います。友人からは酷評だったけど。
こっからはネタバレありで。
というか、感想というか、独白というか。
母親からの愛情だけで果たしてこの凶行が止まったかどうか、疑問ではあるけど、パールの自尊心はもう少しマシになっていたかもしれないな。
親から愛されているという感覚が無い、見捨てられるんじゃないかって不安が強いと、恐ろしいほど歪むね。これは覚えがあるね。
作中でもパールが何度も言っている、「そんな目で見ないでよ」とか「ウソね」とか「私を捨てるの」といった台詞。
叫んだり怒ったりしているから怖いものに見えるけど、その裏側にあるのって怯えよな。相手が自分から離れていく、興味を失っていくってのは、つまり自分が必要とされていないし愛されていないってことだからね。
パールはその愛を先ず母親から欲しかったのだろう。死体に抱き着いて、子守歌を思い出しているし。
どんなになっても、母親は母親。だから、あんなに辛く当たってくる母親の言うことを聞いて、何とか良い子になろうとしていたんだな。
その母親も、父親の介護疲れで余裕が無くなっていたと解るのが、中盤の喧嘩の時。
そうだよねぇ、先の見えないことだもの。明日食う飯にも事欠くし、着る物だって満足に新調できないのに、娘は「スターになるの」とか言って自分の若い頃の服を着ているし、旦那の世話を焼いてばかりで自分のことができなかったら、「いったい私は何のために生きているの?」と思うだろうよ。
母親も解放されたかったし、金銭や生活に余裕があれば、娘を応援していたかもしれない。それこそがパールの望む幸せな家庭っぽい。
病気で自分のことができなくなった人間は、それはどんな関係性であっても、後世のためにどうにかするべきなんだろうかね。生きている人に負担を掛けてまで生きるのは、本人にとって幸せなのかな。
パールの荒ぶる様を母親は知っていて、「あなたを農場から出さないため」に「最善のことをしている」という口振りだったが、やっぱり小さい頃からどこか違っていたのかしら。
金があれば医者に見せて診断が貰えたかもしれないけど、1918年って精神的な疾患に対してそんなに明るくないだろうから・・・・・・病院に押し込まれたりしていたのかね。
押し込まれるっていう点では、病院も農場もパールにとっては大して差が無いかもしれない。母親は親の責任としてパールを閉じ込めようとしていたけど、そういうやり方しか選べなかったってのが悲しいね。
自分も親になってみて、よくよく感じる。人を育てることの責任と重圧、それに押される自分の弱さ等々。
奇しくも子どものことに関して、先日、親と喧嘩したばかりだ。相手の言っていることは正論なのだろうと理解はできたが、「お前が言うのか」と強い怒りと戸惑いを感じた。親は味方になってくれない、やはり自分を救えるのは自分だけだと思った。
その究極がパールで、僕だって罷り間違って犯罪を犯していたかもしれない。まったく他人事ではない。
5分以上の長尺で心情を吐露したパールは、自分の未来であり過去だと感じた。そうなのよ、自信が無いの。一番認めてほしい人に認めてもらえなかったから。
僕だって出来損ないだ。自信が無いし、頭は悪いし、不細工だし、要領も悪いし。
子どもだって産んだし後悔はしていないけど、僕みたいな人間の元に産まれるべきじゃなかったろうにって、そういう後悔はしている。もっと健康的な心身の人の元で育つ方が、この子の為になるって。
自分の人生だけでもいっぱいいっぱいなのに、更に小さき者の人生と責任も背負うなんて、そんなこと自分にできるわけない。やるしかないだろうと腹を括ったから何とかやっているだけで、気を抜けばいつでも死にたい。
そういえば、パールも一度妊娠しているみたいだったな。ちょっと意外だった。
でも、自分の人生を邪魔されたくなかったし、死んでくれて良かったってなことを言っていた。腹の中で大きくなっていく子どもに憎しみを感じて、家畜のように養分を摂っていくって表現していたっけね。
ここ、まったく怒る気にならなかった。彼女は母親になれないし、母親を知らないからそう言える。気持ちは解る。僕もそうなっていたかもしれないと、またしても自分に繋がった。
僕の場合は最初は不安だらけだったけど、胎動が解るようになってから楽しくなってきた。自分の身体を使って他者がこの世に産まれる手伝いをする、それはきっと自分の為にもなるという思考でやってきた。
今も、書くことへの礎になると信じて、いろんなことをこなそうとしている。上手くいってもいかなくても、子どもは何とか守らねばとなけなしの母性が働く。
自分に母性があることに少し感動した。腹の中の他人、だけど育てられるなら、それでいいとも思った。
パールはここまで至ることができなかったのよね、いつだって自分だけ。先ずは愛されないと気が済まない。子どもも自分を愛してくれるかもしれないけど、所詮は他人だからね、そうならない可能性もある。となると、パールはやはり殺していたのだろう。
僕も時々思う、僕のことを愛してくれない人間なんて死んでしまえばいいと。
パールはそれを地でいっているんだ。怖がられるよ、そりゃ。他者は自分を愛してあやしてくれる玩具じゃないもの。
僕があの義妹の立場だったら、どうしていたかな。彼女の独白を聞いて、自分を客観視して恐れたろうか。それとも、共感してパールを愛したろうか。
愛されるとは、つまり執着されること。僕はそう思う。
その感情を他人から向けられない時点で、自分は不要な存在だと思ってしまう。
パールは大勢から認められるために踊り子になりたかったようだけど、観客席に両親が居る幻を見ているから、きっと自分が好きな人間に認めてもらいたかっただけなのよね。
そうしてくれないから、フォークを突き立てるしかなかったし、その時にいつも叫んでいる。
最後の笑顔はあれだね、ハワードと幸せな家庭を築くための笑顔・・・・・・だと思ったんだけど、泣いていたから、彼女もいろいろ気付いているんだろうな。
どっかで気付くんだよ、行動しているから。人の命を奪って、認めてほしい人に生涯認められないって解ったから。
自分にそんな価値なんて無いって思っても、諦めきれないね。だから殺すんだろうね。理論なんて無いよ。餓えた欲求だけだよ。
業の深い映画だけど、面白かったです。また10年経ったら観たいな。
こんなに良い作品の前が『X』って、逆に楽しみだね。
2025/10/22 (主に)映画感想文 Comment(0)
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