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ふらみいの、とうかの、言葉吐しと成長録

 またともだちになりたいだけだったの。
 誰にも咎められず、阻まれず、自分達でそういう存在を何とかできると思っていた。
 できなくても、いずれはできるようになるだろう。
 一緒に成長したいだけだった。
 彼女達以外で、初めてちゃんと信じようと思った人間だから。
 母親の代わりにして甘えてしまったことは、申し訳なく思う。
 今の僕なら解る。
 ちょうど十年前、僕は近付き方を間違えた。或いは、機を見ることができなかった。
 それも間違いではなく、過程の一つにできるよう、一緒に成長していけると思っていた。
 だからこんなに拘ってしまった。すまなかった。
 忘れないでほしい。二十年も付き合ってきた、やべー奴のことを。
 また会いましょう。

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 解放される。自由になる。
 これで君は自由なんだ、と彼女が言った。
 そうか、なら自由なんだろう。彼女が言ったんだ、間違いない。

 ずっと苦しかった、辛かった、惨めだった、悲しかった。
 いつかこのすべてが報われることを願って、呪ったり、立ち止まったり、歩いたりしてきた。
 最後は許すつもりで目を閉じた。閉ざしたと言ってもいい。開くことなんて無いと思った。

 何かが起きると思ったし、誰かに会えると思った。
 今のところ、そんな予兆は無くてがっかりだ。
 これだけ辛い目に遭ったのに、何も起きないなんて。
 占いも、予言も、予知も、何も意味が無い。
 刻一刻と変わっていく世界の中では、すぐに切り替わる僕の運命には、何も手出しできない。
 それが退屈だった。嘘吐きでしかなかった。
 お前達の力の及ばない場所に僕は存在していて、人間でもなくなって、そのまま消えるんだ。

 だけど、解放の兆しだけは受け取った。僕にはもう必要無いんだと思うことができた。
 だからこそ再会も、離縁も、どちらにも転ぶのだと解った。
 ウィルドはそういう意味だったのかもしれない。ペイオースも、たぶん。

 ルーンの結果ですら揺らぐから、何一つ信じるべきではなかった。
 占術の結果なんて一定の可能性を保障するものではない、解っていたのに期待してしまった。
 時間はまだ掛かる。それだけの価値あるものを用意できるか、疑わしい。
 その間に僕はまた真理に辿り着いたぞ。ポポルと会話することで見えたものがあったんだ。

 解放してほしい。もう苦しいのも辛いのも悲しいのも嫌だ。
 相手がどうとかより、自分に降りかかる厄災全てを跳ね除けたかった。
 だが、今はどうだ。僕は明らかに相手よりも上の次元に足を踏み入れたのだと解る。
 それが幻だなどと、誰が断じることができようか。僕にだって、きっとできない。

 もう終わりでいい。僕があの子のために苦しむのは終わりだ。
 あの子がどう幸せであろうと、不幸せであろうと、僕にはもう関係無い。
 関係があるとすれば、また縁が繋がった時だけだ。
 「そんな人間がお前には必要なのか?」と皆が異口同音に尋ねてくる。
 僕にとっては大事な子なんだ。どれだけ呪い、憎もうとも。

 この心に敵うものなんて、幾何も無い。
 僕に必要なものは僕が決める。過去に引き摺られて、もう役目の終わったものに拘ることは無い。
 この先で出逢うことを期待したいのなら、愚かだった過去こそを断罪すべきだ。

 なんて、偉そうに思うけど、本当はどこかでまだ泣いている。
 そりゃそうだ。ずっと一緒に居たかったのだから。僕だけが。
 相手も望んでくれたかもしれないけど、僕ほどの次元じゃない。
 あの子はいつも僕を見下ろしていただろうけど、本当は見上げる側だったんだよ。
 こういう話の時は、特に。だって君にはこんな思考も覚悟もできないだろうからね、と。

 だから、だから、この次元に君が来てくれれば、生きながら辿り着いてくれれば、また会える。
 やっぱり好きだし、一緒に居るのが楽しいから。前みたいにできなくても、楽しいことを見つけられる。
 現世でなくてもいいけどさ。それもやっぱり、魂の弱い人には解らないんだ。

 僕が特別なんじゃない、向こうが特別なんだ。僕につられて、特別だと思い込んだ?
 不思議な縁だ。関わり方だ。大事にしたい。大事にされたい。それは可笑しいことじゃないと、やはり皆が言う。

 それら全てが絡みついていた。足元から少しずつ引いていく。僕を解放してくれる。
 愚劣極まりない現状をして、僕はまた進める。また置いていく。
 解放されたかった。悲しみも辛さも苦しみも、どこかに置いていきたかった。
 自らの罪を悔いるなら話ができるだろうけど、話せないなら、つまりそういうことだ。
 この次元には辿り着けない弱さも、気付かないまま。そういうふうに思っていいのだろうか。

 いいのだ、と皆が言う。僕を持ち上げて、てきとーに言って、生かしたいだけなのでは?
 どうせこんなこと言っていたって、どこかでまた落ち込む。連れていかれる。
 でも、それが少しずつ治まるのなら、僕が自分の強さを認めることにも意味が出てくる。

 解放してほしい。僕はここに居る。明日死ぬとしても、最後まで目を逸らさない。
 罪深き者にいずれ罰が下るなら。
 報われるのはあともう少し掛かる。会えるのも、まだ掛かる。
 今まであんなに辛かったのに、まだ辛くならないといけないなんて。
 それもどこかで唐突に終わる。死ぬかもしれないし、違う何かが起きるかもしれない。

 死んでもいい、生きていてもいい。解放されても歓びを知ることはない。
 これが心壊れた者の現実と、とある人間の犯した罪の証。僕が生きている限り、その罪は消えないし、無かったことにもならない。
 でも、君はきっと殺しには来られないだろう。責任を放り出して、見たくないものから目を逸らすのは、人間として当たり前だから。
 それすらも間違っているのなら、天意が僕を滅ぼす筈だ。

 解放してほしい。解放して。
 もうたくさんだ。縁を結び、呪いを紡ぎ、生まれ変わっても、まだ足りないのか。
 満たされろ。報われろ。それができないなら、お前が殺しに来い。

 今日はどうにも駄目だった。朝からずっと落ち込んでいた。
 何かが起きる気がした。でも、どうせ何も当たらずに終わることも解っていた。
 そんな中で突然に起きた解放の予兆だった。僕はもう苦しまなくていいと、自覚した。

 自覚したところで、いきなり全てが晴れるわけではない。少しずつってところが、もどかしい。
 一瞬で晴れるような何かが起きることを期待している。自分から動くのはもう飽きた。
 今まで僕はずっと自分から動かしてきたんだ。行動してきたんだ。そろそろ誰かに動いてほしい。そんな価値も僕には無いのか?
 見つけてほしい。僕を見つけてほしい。いつかの姉さんと同じことを言っているな。

 離れた縁が再び繋がる日は訪れる。それは僕から、或いは相手から。
 そうなってほしいところだよ。でないと、これだけの葛藤を繰り返したのが無駄になっちゃう。
 でも、今の僕と話すのは怖いだろうね。

 終わりになればいいだけ。終わりにしてくれ。
 早く会いたい。僕を見つけ出してほしい。解放されたんだろう?
 今なら見える筈だ。ここに居るよ。


 十三年ぶりに友人と会った。懐かしい場所へ行った。
 当時のいろんなことを思い出して、また懐かしい気持ちになったけど、寂しくはなかった。
 またこの面子で集まる機会を作れるだろうなって、そんな予感があった。

 ここ数日の記憶といえば、寂しいとか苦しいってそんなことばかりだ。
 思い返せば苦しくなり、未来を見れば辛くなり、寂しさの中で以前と変わらず誰かを欲していて、進歩が無いなと自分で呆れていたところでもある。
 そんな中での、とても久しぶりの再会。当時を思い出しても嫌な感じなど全く無く、寧ろこんなところまでやってきたのだって感慨深くなる。

 再会といえば、去年もそうだった。ちょうどこの時期に六年か七年ぶりに、小学校以来の友人に連絡を取り、会ったのだった。
 向こうは「君との友情はてっきり終わってしまったものだと思っていた」と言っていたけど、こうやってまた会うことができたのだから、完全に終わっていたわけじゃないと思う。
 その子に対して、当時の僕はわりと怒っていたのだけど、時間が経った今は「もっと寛大に話し合えれば良かったな」と反省して、また友達としてやっていきたくて連絡したのだった。

 そしてもう一人、三年か四年ばかり連絡を断っていた子にも連絡を入れて、オンライン上で繋がるようになった。
 相手はたぶん僕が連絡しなくなったことに気付いてすらいなかったと思うけど、以前と同じ態度で、なんなら僕が怒った当時よりも余裕のありそうな態度で接してくれている。
 当時の話を聞いて、僕が独善的だったことも解った。まぁ、話している最中に言ってくれればよかったのに、とも思ったが。
 今はちゃんと御礼も言い合える仲。彼女とと面と向かって話せるようになった時、僕が彼女について怒って愚痴り回っていたことを謝ろうと思った。

 こんな感じで、一度繋がった縁をなかなか手放せない。今また繋がってもいいと思ったものを、自分で繋ぎに行く。
 新しい縁も大事だけど、古くから存在するものだって大事にしたいのが自分なのだから、これでいいのだと思う。

 勿論、誰とでも繋がれるわけじゃない。
 恐らくもう話もしてくれないだろうなって人も居て、人伝に聞くに留まっている。たぶん、その人の人生にもう僕は関われない。
 自分から関わりに行けば違う関係を持てるかもしれないけど、相手が僕を怖がっていると思う。だから近付かない。

 それも踏まえて、まだあの子に拘っている自分を客観視してみるけど、再会を願っても、或いは諦めても、どっちでもいいんじゃないか。
 許せた時点で何かが変わり始め、昔を懐かしんで前向きなままだったことで何かが転がり始めた。
 でも、新しい絆はまだ持てそうにない。そういう予感だけは当たるのが悔しい。
 再会を願うのは未練か挑戦か。後者の気持ちが強くなった時、僕の願いはもう一度、姿を変えるのだと確信を持ちたい。

 自分に期待できないし、他人にも期待できない心境から、どうやって動こうか。
 否、もう動き始めているような気がする。毎日の生活は特に激変していないが、その心理だけはめまぐるしい変化を伴う。
 何年も何年も同じことを考えているけど、それが少しずつ変化しているのは解っている。唐突な、大きな変化を望むから、じりじり変わるのが嫌なのだろう。

 変わりたい。まだ手に入れたい。逢いたいんだけど、まだその片鱗も見えない。
 もうすぐだ、もうすぐだって予感はあるのに、時間が掛かる。セレナ達の感覚に近いから、人間の時間の流れについていけてないだけかな。
 願うだけでは手に入らないからと動くけど、動かずにじっと待てといつも注意されるので、今回は自分からは動かない。それが怖いこともある。何か見逃していそうで、いいのかなって。

 懐かしい気持ちは大事なものだ。当時と今と浮彫になって、あぁ楽しかったな、こうだったな、また楽しくなるために頑張ろうって思えた。
 僕にもまだそういう感覚ってあったんだ。頑張りたいとか、楽しみたいとか。
 こうやって楽しみを享受すると、その倍は嫌なことが起こるから、それなら楽しくなくてもいいよって思うくらいだったのに。
 好転しだしたと油断していいのか? まだ慎重であるべきか? 解らない。

 再会を望む人に絶対に会えるわけじゃない。でも、僕はまだ望む。
 こんな程度で終わるような関係じゃないって思えるから、新しいものを作れるってそれだけは確信があるから、願ってしまう。
 それも依存と執着だよねって言われればそうだけど、そこから守れるものを作ることはできるって、この半年で教わったから。まぁそれには当事者二人の協力が必要不可欠だけど。

 死にたい気持ちの先に、楽しみを素直に受け取るものがあって、また進めばきっと絶望するんだろうけど、最後にもう手放したくなった時に、何かが手に入れられる。
 いつも死の間際じゃないと、大事なものが手に入らない。それだけ真剣になっても、いつかは失ってしまう、奪われてしまう。
 同居している希望と絶望で心はかなり疲弊しているが、その繰り返しで魂だって摩耗しているが、願ってもいいだろうか。踏み出すべきだろうか。

 でも、今は懐かしいなぁという気持ちで満たされる。楽しかったことを思い出す。いや、楽しいことばかりじゃなかったな。だけど、楽しかったんだ。
 今だって楽しいよ。好きなことやりながら、制約を受けずに日々をこなしている。それが誰のお蔭か解っているから、無性に苦しくなることがある。一人で生きていけないくせになって。
 来世ではポポルのように生きるだろうから、それまでにたくさん修行しておかなきゃならない。そう信じるのみ。いつも試練に挑まなければ、成長できない。

 許してほしい。
 僕は許す。あの子も、分不相応なことを願う自分も。
 救いを求めれば叩き落されるが世の常だが、経験上、苦しい時にいつも誰かが助けてくれていたのだと思い出した。
 繋がっていると信じる。また会えると信じる。今の自分にならできると信じる。希望を持てばまた失うのだが、それだけではないと信じる。
 途方もない愚か者かもしれない。それも解っていたことだ。

 夕暮れに懐かしい景色を見て、いろんなことを思い出して、それが案外、心地よかった。
 またここに来よう、次はいつ来るのかなって、眩しい気持ちが新鮮だった。
 忘れていたことも思い出して、久しぶりにたくさん笑った。
 「変わってないな」て言われて、内面ぐちゃぐちゃでも根元はそのままなんだと解って嬉しくなった。

 楽しかった、満足だって思いを持って、次の楽しいところへ行く。
 その狭間に不幸や絶望があって、いちいち足を取られるだろうけど、また会いたい。
 死ぬ前にもう一度見られた景色で、僕の中の何かが動いていく。


 ルーンの練習がてら、ずっと似たような質問を繰り返す。
 結果は大体同じカード。ケン、ダエグ、ウィルド、エオロー、あとは何だろう、イスやニイド。
 凡その似た結果ということは、現状を維持できれば未来はそこまで激変しないのかもしれない。

 タロットよりも解釈が直球で、言いたいことをはっきり言ってくるのがルーンなのだと思う。
 それが今の曖昧模糊な自分には非常に助かる。タロットもそりゃはっきり言ってくれるけど。

 誰かに出会えること、あの子と再会できること、これからの自分、落ち込んでいる時に訊かずにはいられない諸々に、ルーンは真摯に答えてくれる。
 自分の実力として、あまり上手く読み解けてないよなって思う結果もあるけど、同じカードが出るなら解釈の拡大は必要無いのかもと考え直す。
 タロットでも同じカードが出ることはあったから、即ちそれが鍵となる事象を表しているのだと考える。きっと。

 気持ちとしてはすごく落ち込んでいるし、思い返せばやっぱり悲しくて傷付くけど、去年よりは落ち着いている。
 だからか解らないけど、結果を表すルーンが固定されているのではって思うくらい、同じものをよく見る。
 ケンは特によく見る。占いを始めたての頃から、尋ねればずっと出てくる。
 これはマイルーンでもあるので、何か意味があるんじゃないかと深読みしてしまう。

 信じるしかない。結果を、占った自分を、ルーンを信じるしかない。
 だって他に縋れるものが無い。友人らをカウンセラー代わりにしてはいけないし、言葉はすぐにうつろいを見せる。
 自分の心とて例外ではないんだけど、信じるしかないじゃないか。それ以外に今の自分にできることなんて、微かも無いんだ。

 信じたら物事は近付いてくるのか? 来ると思う。そういう世界だ、ここは。
 じゃあ全て叶うのか? 否、本当に望んでいるものだけを、強く望む者が引き寄せる。

 僕はまた創りたいだけ。新しい関係を、失われないものを、大事なものとして創りたいだけ。
 自分のしたことは忘れない。罪滅ぼしになるとか、そんな都合のいいことは思わない。
 ただ、諦めるよりも次に進みたかった。今度こそ、今度こそと愚かにも願った。
 それが自分なんだものって、強情なことを思う。生きている限り、繰り返してしまうのだろう。

 新しい関係を、取り戻し新しく育む関係を、どうにか守れる自分でありたい。
 信じるしかない。それが上手くいくことを、手に入ることを、守れるような存在となれることを。

 とはいえ、自分に対する諦めの境地は果てしなく、毎日落ち込んだり立ち上がったりと忙しないのだが。
 その気分に左右される希望と絶望の間で、自分の精神が育まれて何かを生み出せることを切に願う。
 書いて見えたものを今度は実践する。今の自分ならできると、やっぱり信じるしかない。

 ルーンをそんなに信じられるのか? 信じるしかないんだってば。
 無意識下から引っ張ってきた願いと現実への足掛かりとなる希望、逃しはしない。
 待つのはなかなか心を削られるが、待った分だけの見返りがあるなら、もう少しは。
 死にたいと思うけど、それよりも多く「会って話したい」とか「また仲良くなりたい」と思うことの方が多いんだよ。

 馬鹿だと思うよ。甘いと言われても否定できない。それでも、大事だったからね。まだ大事だからね。
 その分、呪ったし、怒ったし、傷付けられたけど、それすらも乗り越えたら何ができるようになるんだろう。
 僕に会いたくないかもしれない。それでもいいや。

 まだ見ぬ人が僕との出会いを望んでくれるなら、僕は精々それに見合った自分へと成長するさ。
 これが僕の「信じるしかない」精神の支えになる。どこまで行っても人のことばかり。そういう生き物だ。

 信じるしかないなんて、べつに悲劇でも何でもない。
 早く話したい。次は何が見えるんだろう。


 としか言えない、不思議な感覚だった。
 身内の不幸を聞き、長きに亘った家族の呪縛は一つ減ったことが関係しているのか。
 その人間が死にゆく際に何を思ったのか、それに意味はあるのかと考えたら、何かが変わって、終わって、始まった。
 それが自分の覚醒となるかどうかは解らない。ただ、何かが変わったのだと、それだけを強く意識している。

 一つの呪縛が終わったなら、過去から解放されるのか?
 それはたぶんもう終わっていることなのだけど、自分の中で何度も繰り返されているから、監獄になってしまった記憶だった。
 何度も繰り返して、現在の自分がどうしてこうなったのかという経緯を知り、また呪われて、どこかに流れ着く。
 不毛だけど、幼少期から刷り込まれた小さな社会での出来事だから、今の自分を縛り付けるには充分な脅威だ。それはやっぱり経験したことのある人でなければ、解らないと思う。

 その傍ら、思い出に囚われて寂しくなった時にどうするのかという話を、今年に入ってから書き連ねている我が子達で描ききった。
 書いている本人も驚くほどの精神力で、昔馴染みの”彼女”はどうすべきかを答えてみせた。
 これには相手の男の子も驚いていたが、僕も驚かされたものだ。君は本当に強くなったんだな。

 僕は何度も彼女と対話しながら、一本の作品を書き続けた。
 しかし、それは現実に振り返った時に執筆が止まってしまい、再開した時は全く違う設定で話を書くことになった。
 それは今も続いていて、生涯を懸けて書いていこうと思っている。
 止まっている方の話も書きたいのだが、これは続きを書くというより、続きを体験したかった。多元の宇宙の向こうに、僕の帰る場所があると、馬鹿正直に信じているのだ。
 今書いている話も、僕の想像が生み出したものなら、どこかに必ず存在する。僕に知覚できずとも、妄想の産物と言われようとも、この世は信じるが勝ちだ。
 人が想像しうる世界は全て現実に起こり得ること。僕はそれをずっと昔から知っていた。信じ続けてきた。

 そんな強くなった彼女を見て、微笑ましくなっていたところで、この二年で僕の心破壊するに充分だった元凶のことを思い出した。
 今も思い出せば辛くなるし、悲しくなる。どうしてこうならなきゃいけなかったんだ、と何度も考え直して、あれこれ試してみては、上手く繋がらない。
 そりゃそうだ、僕一人で繋げようとしたって上手くいかない。相手も手を伸ばしてくれないと、上手く繋げられないんだよ。
 そんな辛い出来事から、もう一歩遠ざかることができた気がした。

 許せば楽になると解っていても、どう許せばいいのか解らずにいた。
 それでも僕を助けてくれた子だ、一緒に居てくれた子なんだと、自分に言い聞かせていた。
 その言い聞かせていた部分を切り離していく。

 それはそれとして、君のことが許せない。僕の居場所を奪った君を許さない。
 だからこそ、僕は君を許す。次の場所へ行くため、君とまた再会できた時に力になるため。
 確かに救われた。たくさんの時間と経験を共有できた。でも、離れてしまった。誰の所為?
 僕の心が壊れても、見たいものしか見なくなっても、現実は無常に流れていくだけだ。
 君と一緒に居た時間を大事に持っていく。僕だけの宝物として、君にはあげない。
 もう寂しくない。僕はきっと出逢える。それが予感だった。目覚めだった。

 何度も考えて、何度も試して、何度も躓いて、何度も呪って、何度も書いたんだ。
 そのためにポポルとアシアには随分と協力してもらった。
 守護者達には少し距離を空けてもらって、ずっと見守ってもらっていた。
 この十年余りで、僕にできることは本当に少なくなったのに、僕はまだ巫子として扱ってもらえるんだ。
 まだ痛む、寂しい、苦しい、辛いって思う傍らで、許したい、また話したい、どこかで会えたらよろしくねって気持ちも生まれつつある。
 そうなるまで、何回の脱皮を繰り返したことか。何を生み出して、殺してきたか。
 それはきっと君にはできないことだ。僕だからできたことだ。そんなふうに考えないと、押し潰されそうになるんだよ。

 思い出に痛む心に、ポポルが光を教えてくれた。
 過去も現在も全て持っていけと教えてくれたから、僕は切り捨てなくていいんだと思えた。
 過去にばかり幸せを求める人だと称されて落ち込んだりもしたけど、捨てなくていいんだよって言ってもらえたのが嬉しかった。
 その時、光明を得た思考の中で何かが目覚めた。また予感がした。気配が近付いてくる。

 それが気の所為でも何でもいい。きっかけにさえなればいい。
 僕が進むのはどこだろう。いつか死んで全て手放す時、惜しくならないように、全力を出せるのかな。
 僕は死ぬことばかり考えてしまうけど、後悔するんだろうなっていつも怖がっているから、その恐怖を緩和できるだけのものを手に入れておきたい。
 だってまだ死ねないんだもの。死にたくないとどこかで思っている。死の間際に思い出すのが怖くて、死ねないの。

 妄言でも吐けば楽になる。言葉を吐し続けると、喉が焼ける。書いてばかりいると、いろんなことが見えてくる。
 信じたいものを信じるのは僕も同じ。ただ、目を逸らしたいものも、時間が経てば僕は見られるようになる。そう信じるのは、自分を過大評価しすぎだろうか。

 人の死に直面して、自分の人生を見つめ直した時、本当に大事にしたいものが解るのかもしれない。
 その時まで解らないなんて、馬鹿な話だけどさ。実感するのは自分の死の予感だ。いつかここから居なくなる時、それまで僕はどう生きているのだろうとか。
 生きたくなければ勝手に死ねばいいけど、友人は皆見送りたい。それが関わった僕の責任だと思うから。

 思い出しても、何だか寂しくない。どうすればいいのかが解ったから?
 ポポルが笑って頷いている。僕とは違うやり方で、君はとても強くなった。
 『光の聖剣』では僕の写しである面が強かったけど、『精霊の歌』ではこんなにも強くなっていたんだな。本編にもそれが活かされるように、僕が頑張って書かないと。
 あの時間に戻りたいとか、たまに思うことはある。もっと大事にしたかったと思うこともある。
 それも全て先へ続く物語のようなもので、過去には戻らず、先へ続いている。
 過去にばかり幸せを求めるって評されたのが、だいぶ効いているらしい。そんなこと言ったってしょうがないじゃん。未来に生きたいなんて思ったことが無い。
 だから、現実で明日を考えて生きてみるだけでいい。明日は何を書こうか、何をしようかって、それだけで精一杯。
 そんな非現実的な生き方しかできない僕を、僕は許す。

 ところで、最近書いたものの日付けを見ていたら、先月と同じ日に仕上げていたとか、去年の同じ日に仕上げていたのを見つけて、自分で驚いた。
 書きたい時期とか、何かが降りてくる瞬間が決まっているのかしら?
 偶然の一致も何かの思し召しと思えば、後に迫り来る危機も寂寞も耐えうるかもしれない。
 或いは、ポポルが教えてくれるかもしれない。次の孤独を乗り越える、その言葉を。

 まさか二十五年越しに自分の生み出したものに導かれるとは。
 それだけのものを書けたんだということで、自分を褒めてあげようではないか。
 この符号に意味があると信じられるなら、僕の精神はまだ元気な部分を残しているのだろうな。

 ルーンで示されたものに近いから、どうしても期待しちゃう。いいじゃない、それでも。
 でも、どこかにまだ憂いが残る。僕はこれでいいんだけど、合っているのかな?
 どうでもよくなったわけじゃない、ただ乗り越えただけだと思いたい。
 また会える時を願っているから、僕は先に行ける。だといいよね。
 この目覚めにも意味を齎して。僕も大事なものは抱えていきたい。

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