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タァォルルルル


 今日来たのは四つん這いの・・・・・・あれは何だろうか、精霊とでも呼べるだろうか、そんなちぐはぐな、曖昧な存在だった。

 米を洗っておこうと米櫃からよそっていた時、階段から視線を感じた。
 振り返ると、階段を上がってすぐの壁から、仮面を被ったモノがこちらを覗き込んでいた。
 近付いて見てみると、それは四肢を有しているが、トカゲのようにべたりと伏せている。壁に手をついて顔を覗かせて、脚は階段の段差につくかつかないかのところで、ぷらりぷらりと遊んでいた。
 顔は何処ぞの神話よろしく仮面を被っているが、その胴体は赤い斑点を持つ濃い緑色をしている。見るからにトカゲだ。こんなグロテスクな模様のトカゲが居るのかは知らないが。

 ちょうど先日、洒落怖の話をまた読んでいた。その中で、悪意は無いが強い精霊が当事者を苦しめてしまう話があって、その影響でこいつは仮面を被った姿で現れたのだろうと察しがついた。
 その仮面はスレ内で特に描写されていなかったが、僕が視た感じだとこんなふうだろう・・・・・・という想像を、見事に体現してきた存在だった。

 いつもお前らは僕の経験や想像から姿を借りて、ここまで来る。
 だから怖くないし、興味深い。
 人間は見たいものしか見ないというが、お前らはなりたいものにはならず、話ができる身近な存在となって近付いてくる。
 そうまでして叶えたい話題や願いなんて、持っているのだろうか。

 ところで階段から僕を覗き見るそいつは、不可解な鳴き声を発する。
 タァルルルだかトォルルルだか。後者だと某漫画に出てくる悪役だ。電話が掛かってきた体で、自分でそう言っていたじゃないか。そこからヒントを得て真似しているのだろうか。

 甲高い声で、しかしこちらを馬鹿にするでもなく、そいつはずっと鳴いている。
 しかし、その意味は解らない。僕の脳に言語として入ってこない。
 彼らのような存在が話し掛けてくる時は、大抵が意思を飛ばしてくるだけで、後はこちらで勝手に言語化する。
 だから彼らそのものの本音というよりは、こっちが解釈した都合が入っているので、純粋なものではない。
 そいつは意思を飛ばしてきているようだが、こっちで意味が拾えなかった。

 暫く鳴き続けた後、唐突にそいつから「おまえ」と言われた。
 あんまりにも意味が通じなくて僕が放置していたからか、これでは駄目だと思ったそいつは別の意思の投げ方を始めたらしい。
 その第一声が「おまえ」とは、随分とナメられているように感じた。僕もそうしている部分があるから、お互い様かな。

 だが、そこからそいつは「おまえ」しか言わなくなった。おまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえ。
 何が言いたいのか、これだけではさすがに察することができない。訴えたいんじゃないかと思うけど、こんな知り合いは居ない。
 僕はそいつの珍妙な姿と経過を書き留めながら、意識に必死で響いてくる「おまえ」を聴き続けていた。

 連日の悪夢と浅い睡眠のお蔭で、僕の意識は疲弊している。
 遂に夢の中の悪しきモノが現実に出てきたんじゃないかと思うくらい、最近では神経が研ぎ澄まされる。否、狂人のそれに近付いているのかもしれないが。
 しかし、現実の方が僕にとっては狂っていると思える。狂わしてきた奴が居る。許せない、疲れた、もう嫌だ、やはり許せないと繰り返せば、その精神が狂気へと変貌するのは致し方のないことだ。
 そんな僕を嘲笑う為にか、いろんな存在が夢や現実に顔を覗かせる。そうして僕の精神を蝕み、徐々に死へと運んでいく。
 ここまで来たら祭りのようなものだ、たんと遊ぶがいいさ。僕はその中にあっても、目的を忘れない。絶対にお前を許さない。幸せになれるだなどと思うなよ。

 おまえおまえおまえおまえおまえおまえおまえ!!!!
 そいつが一際高く僕を呼ぶ。まだ階段のところに居る。部屋に入らず、僕から一定の距離を保ったままだ。

 そういえば今日見た悪夢は、体調の悪い時に懐かしい友人に会ったものの逸れて、いつの間にか知らない田舎に来てしまう内容だったな。
 単線のローカル線になっていて、早く帰りたいと思いながらも電車はまだまだ来なかった。
 駅は無人駅で、単線の側に小さなホームと、待合の椅子が三脚あるくらいの簡素な造り。こんな駅を見たのは、母の帰省に伴って向かった地方以来だ。

 「ここはどこですか」と尋ねながら、駅名を探した。読めない文字だった。人々は明るく、親切だった。
 何て読むんだろう、あれは。印刷ミスでだぶった文字のようで、何となく読める気はしたのに、今になってみると知っている文字ではないと理解できる。
 ザ、ワ、そこまでしか解らない。でも、夢の中では読めた。ちゃんと読み上げてもらったのも覚えている。しかし、今は解らない。

 家で待っている家族の為、そして親切にしてくれた店主の為にも、電車が来る前に少し買い物をしようと思ったんだ。
 大きな野菜の側に乾き物が置いてあった。
 これがまた夢だからかテキトウで、チャーシューのようなものもあれば、ホタルイカの如き小さなイカ詰めまであった。サキイカとか、キュウリとか。僕の知識にあるつまみが総動員されていた。
 野菜でもいいかなと思ったけど、悪くなってしまうのは避けたかった。何しろ、ここから地元の駅までは二十分近く掛かるようだったから。
 野菜は皆大きい、大根のような大きさのパプリカ、トマト、キュウリがどさどさ置いてあって、店の軒先は随分と色彩豊かだった。

 そこでお土産を選んでいるうちに、もう起きてしまった。酷く倦怠感が残り、脳が全く休んでいないのが解る。
 そんな日が何日も続いていて、このままだと脳が過労で止まるんじゃないかと思えた。
 睡眠は脳と身体を休めることだというが、僕の脳は休まず働き続けている。そのうち最後の糸が途切れて、僕という意識を保てなくなるんじゃないか。そのことが何よりも怖かった。

 トラォルルルルルル。またそいつが鳴いた。
 僕に夢を見ろと言っているのだろうか。夢の中に興味があるのだろうか。
 でも、入眠剤が無いと眠れないんだ。それ以外の睡眠は目を閉じているだけで、身体も脳も起きている。それが疲れるのなんのって。お前には解るまい。

 おまえ、ねむれ。そう聴こえた。
 一方では僕の見る夢の質が悪いと宣う奴らが居たのに、一方では興味を持たれて眠りの催促を受ける。
 僕と仲良くしてくれている不可視の存在は何故か黙ったままだ。この接触にも、何か意味があるのだろうか。

 呪詛を餌場にくれてやった次は、僕の夢が餌場にされるのだろうか。
 他者から搾取されるだけなら、僕の生きてきた意味はそこにしかないのかもしれない。
 そうなったのはお前の所為だ。許さない。とにかく許さない。
 産まれてくる子も、近しい存在も、その後続くだろう系譜も全て呪ってやる。
 頭の可笑しくなった僕にここまで固執されて、難儀なことだ。本当に難儀なことだ。
 許せるものなら許したい。お前が会いに来てくれることなど、終ぞ無かったのに。

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2022/04/20 日常 Comment(0)

餌場にされる


 今日見た夢は、胴体が鬼のような顔で、長い脚を八本だか持った蜘蛛に殺意を抱かれるという内容だった。
 蜘蛛を殺そうとした僕のことを彼は大層怒っており、殺られる前に殺れと言わんばかりの勢いで猛追してきたのである。
 その鬼気迫る姿はおぞましく、僕はますますこの蜘蛛を殺そうと運動靴を履いた。そこまでは憶えている。

 目が覚めてから、いつもの見慣れた存在が居ないことに気が付いた。
 思い出深い林の方を探ると、そこに皆が囚われており、夢で見たような蜘蛛が居た。
 と言っても、それは僕が踏み潰せるほどの小ささではなく、二階建ての家ほどの大きさだった。
 よくよく見ると、夢の蜘蛛と違って顔があり、そこから胴体が繋がって脚が八本生えている。
 その威容は妖怪にある牛鬼という奴に似ていた。

 そう思って調べてみたら、牛鬼の伝承は主に西の地方にあるもののようだ。
 出現場所も「海岸付近」とある。うちは山の麓に近いので、牛鬼が出るにはロケーションが悪いのではないだろうか。

 まぁ、それが牛鬼であるかどうかは問題ではない。
 その気配を知って僕が思い浮かべたものがたまたま牛鬼だっただけで、奴自身は自分が牛鬼だなどと思っていないのだから。
 つまりは姿を借りているだけ。見せるために皮を被ったに過ぎない。

 守護者達を一気に助け出すのは骨が折れるが、わざわざ林に向かうのは億劫だった。
 向こうも本気で守護者達に害をなすつもりは無く、案外あっさりと拘束は解けて、皆が自由になることができた。

 僕は買い物に行くつもりだったので、暫し小雨を止めてもらった。
 僕の仲間内で主に天気にちょっかいを出せる子が居て、その子に頼めば少しの間だけ雨を止めてもらうことができた。
 本当は自然に降っているものだから自分の都合で止めるのはいけないんだよと言われていたけど、傘を持ってきていなかったのだ。
 だから頼んでしまった。彼は快く引き受けてくれて、買い物を済まして外に出た時には止まっていた。ありがたいことだ。

 さて、仮にあの蜘蛛を牛鬼と呼ぶことにして、彼は全く以て無害な存在だった。
 僕に頼みがあったのだけど、普通に話しかけるだけでは僕が気付かなかったので、わざわざ僕の周りの存在を攫い、声を掛けることにしたのだという。
 そこまでするからには、さぞや重大な用事なのだろうと思い、うちにまで来てもらうことにした。
 彼は分体を寄越してきた。

 牛鬼は分身を作るということに無頓着なようで、僕が話しやすいように子どもの身体で現れてくれたのだが、顔はまんま牛鬼のものだった。
 それはとてつもなくグロテスクで、牛鬼の顔に痩せた少年の身体なんてミスマッチ以外の何物でもない。
 それでも向こうも譲歩してここまで来てくれたのだから、僕は話を聞くことにした。

 曰く、僕の用意した呪詛の場にとても美味そうな塊を見つけたので、餌場として活用したい。
 牛鬼は土地神ではなく、ただ呪詛の場所を気に入って使わせてほしいだけなのだとか。
 新しい土地神として就くつもりならば、彼の地に根付いた僕の呪いは毒でしかないので止めるところなのだが、その毒こそが餌になるとは奇妙な話だ。

 でも、僕が知らないだけで、実はそういった毒素を好む存在は一定数居るのだろう。
 皆が皆、同じものを好み、食すわけではない。なれば、彼が毒を好むのも普通のことなのだ。

 とはいえ、だ。僕は誰かの餌場の為に呪詛を行ったわけではない。
 わざわざ土地神を引っぺがし、その地一帯を呪い、腐らせるように仕向けたのは、全てたった一人を許せないが為にやったことだ。
 勿論、その人間も、周囲の人間にもその影響は及ぶだろう。何年も消えないかもしれないし、はたまた数ヶ月でぱったり止むかもしれない。
 そもこんな呪詛が実は成功していなくて、全て僕の妄想である可能性だって高いのだ。

 だが、僕はその妄想を現実として受け入れることを選び、十年以上この世界に浸ってきた。
 だからこれは現実だ。紛れもなく現実で、僕にとっては許せない人間への制裁だ。
 ツケを払う気がないのなら、勝手に払わせるつもりだった。ちゃんと詫びてくれるような人ではないから、僕のことを忘れて行くだけの人間だから、子々孫々に亘って贖ってもらいたいと思った。
 そこまで罪深いことをしたのかと、周囲の人々は思うだろう。
 うん、僕もそこまでやるか? と思う時だってある。
 だけど、許せない。もう許せないし、この次元で仲良くなるのは無理なんだ。だったら、とことんまでやってやろうと思ったんだ。

 まぁ、そんなわけで餌場にされるのは腑に落ちないところがあった。
 牛鬼にしてみればただの餌でも、僕にとっては思い入れのある呪詛なのだから、軽く扱われるのは嫌だった。
 周りの人間をいくら餌にしようがそれは彼の勝手だが、僕の領域にまで踏み込まれる謂れは無い。

 牛鬼は「まぁ、それならいいだろう」と言った。
 「奪うまでだ」と宣戦布告とも取れる言い方をしてきた。
 対価を差し出せばいいだけのものを、どうしてこうお前らは話が解らないんだ。

 牛鬼は特に美味そうだと思った人間を喰いたいのだと言った。勝手にすればいいと、僕は返した。
 その人間っていうのが、実は僕が許せない人と関わり深い人間と同一だった。
 僕はその人間に恨みも憎しみも無い。だから牛鬼がどれだけ喰い荒らそうが知ったことではなかった。
 その後にもたらされる、許せない人への苦難や悲痛なども僕に関わりのないことだ。
 僕にとって重要なのは、僕とその人との間だけ。その他附随する物事には、もう関心を払う必要がない。そういう存在に昇華されたのは、やっぱりその人のお蔭だ。ふざけるな。

 牛鬼には解らない理屈で、僕は呪詛の場所を餌場にすることを拒んだように思う。
 牛鬼は僕も納得する形になるようにと、許せない人の周りを喰っていくことを提案した。
 微妙なズレを感じる。そうではないのだ。
 だが、その機微を理解してもらうのは骨が折れる。だったら、もういっそ放棄してしまうか。

 僕が「好きにしてくれ」と言って、今回のことを書き留めておこうとパソコンを立ち上げる間、牛鬼はずっと側でにまにまと笑っていた。
 彼にとっては僥倖だろう、喰っても喰いきれないような餌場が手に入ったのだから。
 それは許せない人への罰なのに、誰かにとっては幸福に繋がるものか。僕ですら幸せだと感じられないというのに。

 難儀なことだ。勿体ないことだ。どうしていつも僕に返ってこないものばかり、僕は成し遂げようとするのだろう。
 牛鬼に仲間が居るなら、そいつらもたらふく憎悪や穢れを喰えるのだから、一族ばかりが潤うのだろうな。そもそも一族とか作るもんなのかな。

 牛鬼が僕の呪詛場を餌場にするのは、僕と牛鬼の対等さが失われることに繋がらないかと訊いてみた。
 彼は首を横に振った。「お前如きに使役される私ではない」と拒絶してきた。それはそうかもしれない。

 守護者達は言いたいことがあったようだが、僕が決めてしまえば口を出せない。
 どのみちこの呪詛場は他に活かしようがなかったし、穢れを喰ったところで僕が再び呪えばまた穢れるのだから、土地が浄化されることもない。その上に暮らす人間もまた不浄のままだ。

 それでいいか。考えるのは疲れる。
 僕が守ってやる道理も無い。責任も無い。
 許されざる者になった時から、僕の中であの子は死んでしまったような気がする。
 そしてひとつ次元を跨いだ。だから、二度と会えないなどと感じるのだろう。


 牛鬼は暫く、僕の思い出深い林に潜むつもりらしい。
 そして時が来れば、呪詛場へ赴く。穢れを喰い、溜めに溜めた穢れの詰まった人間を美味しくいただくのだろう。
 僕には成就を待つようなものは何も無い。
 ただ餌の心配だけしている牛鬼が、少し羨ましいくらいだった。

2022/04/14 日常 Comment(0)

聖剣伝説30周年コンサート


 行けました。行けるの当然てな気持ちで聴いてきました。
 一緒に行ってくれた友人も楽しめたようなので良かったです。

 25周年コンサートに一緒に行った時の友人とも聴きたかったけど、無理でした。

 次は35周年? 40周年?
 その時、僕は誰と一緒に聴きに行けるのだろうと考えます。

 その時まで、自分も周りも生きている保障なんてどこにもないです。
 25周年コンサートに一緒に行った友人でさえ、今は居ないのだから、嫌になる。

 約束なんてするもんじゃあない。
 だけど、約束があった方が繋がれている感じがするし、安心できてしまう。
 これだけの馬鹿だから、離れていっちゃったのかもしれません。

 僕の礎は永久のものです。誰にも崩せません。
 いつまでも追いかけていたいです。僕が消えるまでは。消えてからも。

2022/04/03 日常 Comment(0)

許せない人がいる


 僕の幸せを壊した人が居る。
 安心できる場所を奪い、時間を奪い、それでも自分は幸せになれると思っている人が居る。
 安心の代償はその人自身が払えばいいものを、ツケを払うことなく人生を謳歌している。

 自分が幸せになれるだなんて、信じないでほしい。
 僕がどういう人間か、もう忘れてしまったのか。
 なら、何度でも思い出させてやろうと思った。
 その為の手段を選ぶことはないやと開き直った。

 その人にとって僕は取るに足らない存在だったが、僕にとっては大事な人だったのだ。
 そこで得られるものは等しく宝で、代わりなんてどこにもなかったのだ。

 しかし、その人は代わるものを見つけていた。
 僕など必要なくなり、否、元から必要なかったことを裏付けるかのように、選択した。

 僕はまた選ばれなかった。また傷つけられてしまった。
 被害者面をすることは容易いが、このまま泣き寝入りなんて御免だ。

 だから、比類なき悪としてやってやろうと意気込みを顕にする。
 お前らは加害者になることを恐れて理屈を並べ立てるだろうが、僕は諦めた。
 お前らを被害者側にしてやる。これでちゃんとした被害者になれるぞ。

 きっと代償なんて、誰も払いたくない。
 だから勝手に払ってもらう。気付かないうちに失って嘆けばいい。
 それも運命だったと諦められるなら、人間として成熟しているんだなって思える気がする。
 僕のことは諦めるの早そうだけど、他の人間に対しては諦めないだろうから。

 誰にも恨みなんてない。恨めるほど知らないから。
 今まであったことが虚偽とは思わない。立場や環境が違えば、主義思想は幾らでも変わるから。
 でも、それはそれとして許せない。居場所を奪ったことが、どうしても許せない。
 その気持ちを晴らすために、犠牲を強いることになろうとも、僕は一向に構わない。

 周りの人間には理解されなくてもいい。理解できるわけがない。
 無茶苦茶なことを言っているのかもしれないし、途方もない阿呆なのかもしれない。
 ただ許せない。許してなるものか。
 許せるようになる日が来るまで、絶対に離れないものを送ってやる。
 どんな結果が出ても、許せるその時までやめることはない。

 そこまで拘る程の価値があるのか? と問われる。
 無いかもしれない。
 だからこそ、余計に許せない。
 そんなものに気を許して長い時間を掛けて理解し合った気でいた、愚かな自分も同罪だ。
 僕だけが地獄に堕ちるのは納得いかない。足を引っ張っても尚足りない。

 許せない。たったそれだけで時間が過ぎていくけど、きっと必要なことだと思う。
 理性に感謝してほしい。

2022/03/14 日常 Comment(0)

死が目標なのか、手段なのか


 どちらにもなるという万能なる概念が死であると思った。
 どうにも鬱の気が治まらず、さりとて望む変化も起きない日常に、精神の均衡がだいぶ崩されているこの頃。
 夫婦でのカウンセリングだとか、こっちらから連絡を入れてみるとか、そういった行動を起こしてみようと幾つかやってみたものの、余計に絶望する機会が増えただけだった。
 何故、一つの物事に対して三つも四つも悪感情を持たねばならないのだ。
 それだけ感度が良いのかもしれないが、生き難いことこの上ない。今更でもあるか。

 終わらない絶望と失望に加えて、呪詛の行程もなかなか進まず、まんじりともせずに過ごすのは結構辛いものがある。
 変化がもし起きていたとしても、目視で確認できる距離ではない。それも痛い点かもしれぬ。
 相手の近況を知るにはSNSに頼るのが一番だが、それだって見れば多少なりとも傷付くものだ。
 あぁ、こいつはやっぱりわたしが居ない場所の方が生き生きしているな、と残酷にも突き付けられてくるから、キツイのだ。

 いったいどれだけ繰り返せば終わるのか。
 これは呪詛を始めたからではなく、わたしが生きることをやめないから続いているのか。
 どうしてここまで手に入れたものを、他の人間にむざむざと奪われなければならない?
 異性愛が悪いのか、わたしの性質が悪いのか、あの子が悪いのか、たくさんの要因が絡んでいるから断定できないのか。

 わたしは異性愛者を憎む。すぐにわたしから大事なものを奪うから。
 奪っても「恋人、夫婦になるのが当たり前だ」と思っているから、悪びれもしない。
 浮気をしろ、不倫は正義と宣っているわけではない。
 立場を弁えろと言うなら、ぽっと出のお前達こそ弁えたらどうだ。
 こうして傲慢なのはわたしも同じなのだから、そりゃあ衝突するだろうな。

 今まで何度も死にたいと願ったが、その度に苦しくなって誰かしらに助けを求めてきた。
 助けられて繋いだ命だが、それも人生の黄昏時にはきっと多くを失ってしまうのだろう。
 そんな寂寞の時の為に培った人間関係ではない。
 子を産んだからなんだ。伴侶を見つけたからなんだ。
 わたしはわたしを忘れられたくないだけで、こんなことばかり言っているから捨てられるのだということも理解している。
 理解しているが、やはり悔しい。何故、わたしよりも秀でたものを愛していくのだ。矛盾。

 それで、死にたいという話だが、これはどう頑張っても達成できそうにないと思っていた。
 なにせ死に方が解らない。否、方法を知ったとしても、そこに向かうまでの精神状態を保つことができない。
 首を吊ろうと思って縄を買うとして、買い物に行く時にはたと気付いてしまわないか?
 いざ飛び降りようと眼下の景色を見て、足が竦んだ瞬間にあぁと気付いてしまわないか?
 自分が本当は生きていたいんだと、気付いてしまったらどうするのだろう。
 それが怖くて身体が動かない。
 死のうと思うと、世界が急に淡い光を帯びて美しく見えてくる。
 こんなに美しい場所から、自ら去ろうとういうのか? と語り掛けてくる、気がする。

 わたしは臆病だし、痛がり屋だ。だから死の間際まで怖いことは感じていたくない。
 しかし、このまま漫然と生きていくのも恰好が悪い。とにかく次の段階へ進みたい。
 誰かに殺してくれとでも頼むか。そいつはわたしの辛苦を呑み込んでくれるだろうか。
 わたしのことを全て聞いて、それでもわたしを殺してくれる人間が居るのなら、きっとわたしはその人間の芯まで愛するだろうに。
 執着したとて、それもまた無意味なのだが。

 無意味、無価値であるなら、わたしはどうしてここまで生きてきたのだろう。
 本当はそれに気付いていたけど、気付いていないふりをして希望に縋っていたのか。
 縋る希望を全て失って、改めて突き付けられた現実を認めざるを得ないのか。
 人並みの幸せを知っただろう。それ以外の苦痛も或る程度、味わってきただろう。
 絶望と希望の繰り返し、持てる荷物の質と量のきまり、わたしがどれだけ欲しても振り向かない人々、全てが無意味で無価値なものの群れか。
 わたしこそが無意味で無価値だということは、大前提としてある。
 なにしろそんなことを三十年近く考えてきたのだ。わたしの命は夏の短い間に死ぬ蝉みたいなものだ。
 幼稚園の園庭で見た蝉の死体は、遠からず今のわたしの惨状だったのかもしれない。

 本当はもっと早くに死にたかった。
 人を信じることの砦が崩される予感はあったから、そうなる前に終わっておきたかった。
 でも、失った後も死ぬのは悪いことだと思っていた。
 今はあまり思っていない。きっとわたしが居なくても、伴侶となった人間は生きていけるから。
 友人達もそれぞれの家庭や居場所を持っているから、わたし一人失われたところで、それはいつか忘れ去られるのだ。
 それほどわたしの死は小さく、無意味で無価値だと知ったのだ。

 わたしが死んで動揺する世界を見てみたかったぞ。
 みんな、どれほど泣いてくれるのだろう。あの子ははるばる大阪から来てくれたりするのかな。前も言ったけど、死んだ後に来るぐらいなら生きている間に来てほしいよな。
 ちったぁ自分が求められる側に居たんだって、自覚できたりするのかな。
 そして、不可視だった守護者達と同じ次元に来て、永久に会えなくなるのかな。

 世界はループしているんだって、誰かが話していた。
 わたしがここで自殺したとして、次に目が覚めてもまた自意識の芽生えが幼稚園の頃からだったら、この何も得られない人生をもう一度体験しないといけないのか。
 それとも、どこかで分岐が発生して、望む未来へ渡れたりするのかな。
 そしたら、みんなともう一度会える。今度は大事にできるし、してもらえるかもしれない。
 前世の記憶を引き継いでループできることって、幸せなのだろうか。
 死んだ瞬間に次の自分へ意識が移るなら、それは拷問になったりするんだろうか。

 同じことの繰り返しを回避できるんなら、してみたいもんだ。
 堕胎を回避、別離を回避、喧嘩を回避・・・・・・そうやってルートを変えてしまったら、ここにはもう着かないんだろうけど。
 今の自分に満足はしていないが、ループしなきゃいけないと思うほどの嫌悪感も無かった。
 ただ死んで戻れるなら、それもいいかって思ったりした。

 夏は死にたくなる季節だ。冬は眠りに就きたくなる季節だ。
 一年の殆どをそんなことばかり考えて、なんて愚かな生き物だろうと笑ってほしい。
 代わりなんて居ない筈だけど、代わりが欲しいと思った。
 わたしと対を為して世界を愛する人間が居るなら、わたしを見つけてほしいものだ。

2021/07/28 語る Comment(0)

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