忍者ブログ

躁鬱とはこういうことなのか


ここ3ヶ月、そして2週間ほど、自分では結構重たい症状に悩んでいる。
とにかく疲れやすい。人と話すのが嫌だ。接客業だから仕方ない、仕事だから仕方ないと割り切ろうとしても、身体がついていかない。
それでも無理矢理にでも動く。そうすると、どこかで歪みが生じる。どう解消していいのか、解らない。

落ち込みやすいのはいつものことだけど、こんなに落ち込むものかと驚いた。
どうしてこんなに落ち込んでいるのかも、解らない。以前より、良い環境になったのに。
もう原因がどうとか、そういう次元ではないのかも。脳内で認識できる事柄から離れた場所で、僕の意識や身体を苛む何かが成長を続けている。
だから、店に居ても頭の中がパニックになる。何をしているのか、解らなくなる。
時々は一日、余裕をもって動くことができる。今日は駄目だった。

こんなことを繰り返していると、いろんな声が聴こえる。
もう死んだ方がいいのか、でも死ねないじゃないか、もう動きたくない、誰にも会いたくない、まだそんな弱っちゃいない、ここで休んだらもう動けなくなる、しっかりやらなきゃ愛想尽かされる、もうしんどい、まだやれる、もうやれない、僕には何も期待できない、何も気にせず自分の為に生きなければ。
こんなことが繰り返されれば、パニックになる。仕事中にいきなり考え出してしまう。「今はそんな場合ではない」と思っても、全く考えが止まらない。
集中している間は考えずに済むのに、気が緩むと駄目になる。

疲れやすい。もう動ける気がしない。休みたい。部屋から出たくない。
けど、そういうふうに動いたら、余計に何もできなくなる。それが怖くて無理にでも動いている。
親に相談などできない。あの人達に助けを求めても仕方ない。誰に助けを求めるわけにもいかない、こうなったのは自分の所為だ。
だから、ここから助かりたかったら死ぬしかない。だけど、死ぬこともできない。それではずるずると生を飽食するしかなくなってしまう。

何でこんなに悩むのだろう。どうしてこんなに落ち込むのだろう。
僕はどうなりたいのだろう。
こんなに疲れて、しんどくなって、いったい何をそこまで感じているのか、自分でもまるで解らない。
ただ何となく思うのは、いろんなことが重なって、潰れて、自分のなかに染み込み過ぎたんだなってこと。
何か行動を起こそうにも、時すでに遅く。自分の中が潰れてから、店長と話したり、本社の話を聞いたから、余計に駄目になった。

まだ仕事をできるだなんて、思っていない。もう休ませて。辛い。
そんなに追い詰めちゃだめだよと言われる。追い詰めないと動けない。生きていけない。
身体に鞭打って、みんながんばって生きているのだろう。
それが僕にはできないのか。みんなと同じようにがんばれないのか。

もうちょっと自分はできると思っていた。働けるようになったと思っていた。
これじゃ休職していた時と何も変わらない。がっかりだ。
何もしたくない。

PR

2016/06/12 日常 Comment(0)

石はいいぞぉ( ˇωˇ )


連れが平日休みだというので、車にて静岡まで行ってきた。
沼津港にあるシーラカンスミュージアムを見てみたかったんだ!

シーラカンスの冷凍づけと、剥製と、なかなかの迫力ですな。
それに別の魚たちの透明標本もあったし。けっこう好きなんだ、あれ。不気味に感じる時もあるけど。

沼津港で食べたネギトロサーモン定食、ほんと んまいの。美味なの。
海鮮が食べられる人で良かった!
あぁいうとこの酢飯と味噌汁はホッとする味で、とてもいい(´ω`)

沼津港をぷらついた後は、白糸の滝に向かう。
本当は松原に行くつもりだったけど、時間的にどっちかしか行けないってことで、白糸の滝を選んだ。
水でいろんなことを流したいと思ったのかもしれない。



音止の滝。すごい迫力。








白糸の滝、本命の方だ。
本滝の一部を除いて、あとはみんな富士からの湧水なんだって。ほへー。


ここで滝を見ていたら、何で水が怖いのか解ってきた気がした。
同時に、何でせせらぎを じっと眺めて意識を手放そうとするのかも解ってきた。

昔から水が怖かった。単純に、泳げないからかなーとか、息ができないからかなーと思っていたけど、それ以上に留まることなく流れ続ける奔流が怖いんだ。
それは恐怖というより畏怖で、畏敬の念があることに気が付いた。

水を見ていると、淀みなく流れるそれに任せて自分であることをやめてしまえる。
いつも自分であることに拘りはするけど、どこかで自分でいることは面倒だとも考える。
それで、川のせせらぎにすら身を任せてしまいたいと思うのは、よほど自分の中に何かが溜まっているのだろうと思った。

特に最近はチカラを使うことなんざ無くても、人間から受け取ったもの、自分で勝手に悪化させたものと、いろいろあるから。
Syrup16gよろしく「許し難いまで腐りきった 魂は水で洗い流して」と思って、水に触れて自分の中に清いものを長そうとした。

ここは良い場所だなぁ。
一緒に行った連れはまだ僕のそういう変化には疎いから、あんまり真剣になれなかったけど。
また来たいな。涼しくて、音が近くて、舞う飛沫に茫然とする。


しかし、今日一番の収穫は、近くの土産屋一帯でただ一軒あった、石屋で買えたブレスレット。
ガーデンクォーツを3,000どころか、2,500で買えたのだ!
店主の優しさプライスレス!


そこの店主は親子でやっているらしくて、買い付けにも自分らで行くのだと。
だから、こういう値段設定ができるのかって解っても、いやーうちの店が如何に雑魚かを思い知らされた感じだ。

石の種類がとにかくすごく多くて、市場にあまり出回らないようなものもあった。
ブルースギライト、日本産のサンストーンやロードクロサイト、ハックマナイト、北投石など、貴重なものばかり。
さすがにアレキサンドライトやフォスフォフィライトなんて、そこまでは無いけれど。
それにしたって、そのへんの店では見られないようなもんばかりよ。

すごいのは、ラリマーが山積みにされていたり、大きなアメジストや水晶のクラスターがあったりするのに、それだけではないところ。
お店に売るもの以外を、また取引している方に売るのだそう。当たり前なんだろうけど、宝の山を目の前にした僕からしてみたら、「まだ何かあるの!?」て感じだ。
それぐらい、魅力的だった。

この店にいつかファントムクォーツのブレスレットが入ることを願います。
「Happy Bell しらいと」という所です。お勧め。



奇石博物館にも行きたかったけど、残念なことに時間が足りなかった。
せめて、と駐車場に停まったら、こんな看板を見つけたよ。
ユーモアきいてるなぁ、隕石落下て(´・ω・`)

2016/06/10 日常 Comment(0)

考えるだけじゃ文章は書けないものだ


ちゃんと言葉にしなくちゃ、物語にすらならないものだ。

ここ2ヶ月近く繰り返す、希望と絶望の繰り返し。
熱意が醒めてしまった仕事を辞めたくて、もっと情熱的になりたくて、でも今は何もしたくなくて、そんな悪循環が自分で歯痒い。
ゲームしてみたり、本を読んでみたり、日常を変えようと動いてみるけど、劇的に変わることなど有りえないのだった。

何年、人間をやっているのか。そんな夢を見たところで、まだ僕は空を飛ぶことすら自由にできやしないじゃないか。
夢を見るなら現実を見なければならない。ずっと解っていたことなのに、何故また現実からも夢からも目を背けるのだ。

気力も体力も精魂も消えそうだと、助けてほしいと願った。
仕事中に、闇の王と話すような非現実。
彼は言った、「おまえの周りにはおまえに必要な縁しか残っていない」と。
彼は言った、「おまえにはおまえにだけ解る真実があるのだ」と。

真実を抱えて、僕のものではない事実に向き合った時、僕には不可視の仲間が居る。
僕は僕だけで事実に向き合うことができなかった。
人間の仲間はもう居ない。だけど、形に拘る必要はない。
僕には僕なりのやり方があって、大事にしたいものを上手く大事にできれば、それでいいんだ。

今日、やっと『ユメヒトヤ:再誕』の一編が仕上がった。まだ起承転結の起が終わったぐらいだ。
ここまで書くのにそうとうな時間を要した。合間に他の話を書いたり、他のことに煩わされたりして、気が散っていたんだ。
仲良くできていると思っていた人と実は離れてしまっていたり、新しく読んだ本に刺激を受けた所為で自分の文章というものが解らなくなったり、また挫折しそうな気配がする。

僕はやっぱり書くの下手なんだなぁと思った。言葉の選び方もいまひとつ、上手くなれていない気がする。
書きたいことが先行して、技術が追いつかないのかもしれない。いつもそうだ。だけど、これだけ書いてきて、まだその気があるってのが悲しい。

僕に価値が無くても、僕の書いた物語には価値がある。そのことをずっと信じている。
願わくば、
『ユメヒトヤ:再誕』は濃霧のなかをふらつくかのように生きている人へ、光明となるものを孕んで届けばいい。
それを光と為すか、災いと為すかは本人次第だが、生きることと死ぬことを限りなく見つめて、ことばを綴ろうではないか。

僕は何処へ行く。何処へも行かない。
言葉を操れている? まだ操られている。
何をしているのだろう。まだ何もしていない。
巫であることに変わりはない。失われた力は花となり、綻ぶその刻を待つ。
僕には僕しか居ない。満たされないのは、完成したくないからだ。
壊れてなんかいない。無理して僕を変えようとしないで。

考えるだけじゃ駄目なんだ。書いていかなきゃ駄目なんだ。
まだ僕は言いたいことの半分も言えていない。
『ユメヒトヤ:再誕』を届けて、君に伝えたいことがあるんだ。

2016/06/06 語る Comment(0)

【ゼノギアス】引き裂かれしもの、繋ぎゆくもの


パソ美の意識がいきなりブラックアウトして、ここに書いていた思いの丈が全て消えてしまいました。
1時間ほどに及ぶあの量が一気に消えた・・・・・・ショックが・・・・・・、いや保存しておかなかった自分も悪いんだけど・・・・・・それにしたって消えるとか・・・・・・
まぁ、パソ美の調子がこの前から悪くなっていて、初期化せずに済んだものの、たまに読み込みがすごく遅かったりするから、処理の途中で駄目になってしまうこともあるかもしれない。
それにしたって、これは無いわ・・・・・・。


今はもうラスダン前まで来ていて、アニマの器ダンジョン1と2に行こうとしているところ。
これで60時間は経っているのだが、もっとかかっている気がしていたので意外だな。
もっとも、ここのダンジョンであと5時間近く食うことになるんじゃなかろうかと踏んでいるのだが・・・・・・そんなことないかな。

必殺技を全て習得していないから、先のアンフィスバエナ戦、オピオモルプス戦では何度も負けて、1ヶ月ほどPS2を起動しなかった。
負けがこんだ時は暫くゲームから離れる、これは小学生の時より実践している克服法である。これをやることにより、熱くなった自分も落ち着けるし、久しぶりにやった方がすっきりと勝てることが多い。

今回も、何度も負けて辛かったから時間を置いたのだけど、何とかオピオモルプスに勝てたぞ!
アンフィスバエナの凶滅第三波動を2回喰らったから、フレームでの回復も2回行ったのである。これがイタかったな。
でもその後のオピオモルプス戦で、最初にチャージしまくったのが良かったようだ。ミスって先生とフェイが倒れたけど、エメラダがかろうじて生き残ったから、辛勝もいいところ。まぁ勝てば官軍よ。

メルカバーが終わった後、モノローグを経て、やっとこ自分でキャラを操作できるようになった。やっとゲームができるってもんですよ。
経費や期間の問題でディスク2はモノローグ仕様になった、という話を嘘か真か聞かされたけど、これさえ無ければなぁ。アニメかCGどちらかにしておけばなぁ。どっちもあるって贅沢だけど、お金はすごく掛かっていることよね・・・・・・。

けど、RPGは自分で動かしてなんぼ、だね。
自分で動かして町やダンジョンに行って、人の話を聞いて、装備を整えて、レベル上げして、技を習得して、これがゲームの醍醐味だなぁと感じているので、今また楽しくなってきた。
必殺技を習得しないとギア戦で何もできないから、ハイパーモードになった時の為にも今のうちに戦っておくのだ。


で、ラムサスとイドのイベントについて感想を書いたわけだが、それが消えた。消えたのだ!!!!
同じことを書くのも阿呆だけど、やっぱりアウトプットしたい感情なので、ここに残しておく。
とはいえ、ネタバレ事項だから隠しておくぞ。



作業用BGM ゼノギアスサントラ / 光田康典
つわものどが夢のあと
海と炎の絆
引き裂かれしもの




[続きはこっちで]

2016/05/22 ゲーム Comment(0)

ガルパンはいいぞぉ


と、周りから言われていたので、観たい観たいと思っていたガルパンを、やっと全話観終わった。
本当はもっと早くに観ておいて、劇場公開までに話を知っておくつもりだったのに、春休みの間は何べん行っても地元の蔦屋から全巻借りられている状態だったのだ・・・・・・おぉ、あれから2ヶ月近く経つのだな!

いやー、おもしろかった。すっきりと観られる、良いアニメだったね。
女の子だらけ、母校の危機って辺りで、某スクールアイドルアニメを思い出したけど、脚本に腹立つことなく、キャラの無理な改悪も無く、無事に終わって本当に良かった。

話には聞いていたけど、出るキャラみんな良い娘ばっかりなんだよな。艦娘もそうだし、ラブライブ!もそうだったな。
あれかな、男性の描く少女の友情もの(と見ているのだが)は、さっぱりと友情していて、力をあわせられて、妬み嫉みが必要以上に無くて、よくできたお新香いただいている感じ。ごはんがおいしくなる感じ。

そらー女性目線からしたら、ツッコミ入れられるとこはあるけどさ。
女の子同士がこんなに綺麗にまとまるわけないとか、陰口のひとつもないなんてどんだけ聖人だよとか、ひねくれた意見なら幾らでも出せる。
けどまぁわたしも二次元の天使みたいな女の子が好きなので、ガルパンもラブライブ!も艦これもいいぞぉって思えるわけだ。

というか、こういう話は楽しんだもの勝ちだ。そんな話を弟提督とした。
とある同人作家がリアル路線で描いていたガルパンの同人誌を読んだけれど、うん、確かにあんな女の子達がふわふわして乗れるもんじゃないよね、戦車って。砲弾が飛び交って、下手すりゃ死んでしまうかもしれないような、危険なものだよね。
それを忠実に描いたらリョナグロ大歓喜じゃないですか。それだと、ここまで人気なんて出ないよね。
わたしはリアル路線を重んじたい人だけど、こういう話の軸にあるものを読み取らなければと思うので、リアル路線だけを追求することはないよなーと考え直した。

弟提督は「リアルで考えたら有り得ないってのも込みで、こういう話を観ている。それをわざわざ惨たらしく描写して、これが現実なんだよって突きつけることねーだろ」と言っていたのだが、成程、確かにな。
わたしは現実を突きつける作品も好きだけど、現実を違う観点から、違う描写で表現する作品もきっと大事だと感じます。

ガルパンは1クールだけど、内容がとっても濃いんだよね。
主人公や仲間たちのそれぞれ抱える悩みや葛藤に対して、戦車道を通すことによって答えを見つけていく。高校生っていう思春期真っ盛りの年代だということもあって、それらしい悩みに溢れておりましたな。
そして敵となる高校の娘達も、それぞれの個性があって、さっぱりしていて、非常に観ていて爽快である!
わたしはアンツィオ校のアンチョビが好きなのだけど、プラウダ校のカチューシャも好きよ。そんなこと言ったら、サンダース校のケイも好きだし、黒森峰のおねーちゃんだって好きですよ。
嫌いになれるような娘が居ないんだよな・・・・・・男性の理想とする女性、或いは女性が理想とする女性を描いているだけなんだって思うけど、やっぱり魅力的で惹かれるんだよなぁ。

戦車とか歴史についてはド素人なんだけど、なかなか息を呑む戦いが多かったな。
勝ったらめっちゃ拍手したし、キャラが泣くとこでは一緒にぐずったし。
意外性のある作戦とか、思いつくところが柔軟性の為せる業よ。わたしはマニュアル通りじゃないと怖いひとだから、あんなふうには動けないなぁ。

主人公が一度、挫折の経験がある所為かな、初回から先、ずっと折れなかったのもいいですな!
周りの友達に支えられてきたからってのもあるだろうけど、どんな時でも諦めず、周りが諦めた時にこそ あんこう踊りを踊る彼女の勇姿を見た。良い娘だな、西住殿は。
その西住殿を支える周りの女の子達も良い娘ばっかりだ。まさか沙織ちゃんが無線の免許を取っていたなんて・・・・・・ただの恋愛厨じゃなかったんだね(失礼)

そうだなぁ、みんな口先だけじゃなくて、ちゃんと勉強したり鍛練積んだりしているんだよね。
最初は頼りなくて仕方なかった一年生組だって、最後の黒森峰戦で善戦していたし。「一年ナメんなぁ!」には笑ったが。ムードメーカーで可愛かったね。
ちゃんと努力して、そこに立って戦っているからこそ、美しいのでしょう。その姿勢は二次元ならでは、なのかな?
ラブライブ!だって、練習風景とかあったしね。何の努力もせずに可愛いだけで生き残れるほど、アニメ界は甘くないのね!!

女性の描く同性同士の友情ものがパッと浮かんでこないけど、わたしの好む女性同士の友情は、男性が描くものに多いかもしれない。
男性の友情もやはり男性が描くものの方が落ち着いて見られる気がする。
寂しいことだな、女性に描けるものとは何だろう。それとも、受け取るわたしの精神に問題があるのか。
わたしも友情ものが書きたいのだが、いつも書けないんだよな。変にリアルを意識して、どこかファンタジィのままで、カラッとしたものが書けない。これは今後の課題か。

とにかく、久しぶりにすっきりしたアニメを観られて満足しました。
次は映画かな。これ、結構熱い展開だって聞いたから、楽しみにしていよう。


2016/05/12 アニメ・まんが Comment(0)

最新記事
 
(01/13)
(11/19)
(10/31)
(10/24)
(10/22)
 
 
カテゴリー