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【ゼノギアス】流れ揺れる、それでも選ぶ【ネタバレ感想】


ストレスが溜まると、過食にはしる。その傾向は、今でもある。
最近ほんと食べ過ぎなんだって。おかしもごはんも食べ過ぎなんだって。
何にそんなに苛々しているの。いや、解るけど。苛々しても仕方ないじゃん。
お腹が痛くなっても、明日また仕事に行くのだよ。稼ぎたいのだよ。遊びたいし、服も買いたいし。

そんなこんなで、ゲームです。
平日に遊べる友人は少ないし、相手様もお仕事であることが多いので、平日休みの遣い方は以前と特に変わらず。
今日も昼からゼノギアスを進めていたよ。楽しいよ。
当然のようにネタバレしながら感想を書いているので、まだやっていない方はこの日記自体、スルー願います。



話は結構、進んできた方なんじゃないかなって思うんだけど、どうかな。
現在、タムズに着いて、若やリコたん達と合流できたとこ。ハイシャオを退けた辺りですな。

ここに来るまで、あんまりエレハイムさんに良い印象を持てなかったんだけど、それがタムズに来るまでに改善されてきた気がする。
フェイと二人で漂流している辺りの会話で、結構、良くなってきたのかな。

キスレブでフェイに「やりたくないなら、やらなければいい」と言われて、「あなたと違って私は自由じゃない」といった旨のことを言ってきた時は、イラッとしたさ。
でも、あぁいう立場で、あぁいう性格の娘なら、こう言うだろうなーとも思った。
大事なのは、フェイにあそこまで言われて、自分の目で見た現実に対して、何をするのか。
その答えをしっかりと見せてもらったから、エレハイムさんに対して苛々しなくなったのかな。

こう、自分に合わないものを、自分に嘘吐いて誤魔化してまでやっているところが、気に喰わなかったんだな。
嫌ならやらなければいいってフェイは言っていて、それはそうなんだけど、なかなかそうもいかない時ってあるよね。
だけど、我慢と犠牲って違うと思うぞ。否、違うものにしたいぞ。
エレハイムさんが自分を偽り続けていたから、僕も彼女が苦手だったのだ。嘘吐きだから、信用できなくて、あんなに辛辣に評価していたのだ。きっとね。

しかし、フェイの自虐も留まるところを知らないなぁ。
流されているだけなのかもしれないって言っていたけど、本当に流されている人はそんなふうに自分を見つめ直したりしないよ。ずっと誤魔化して、嘘吐いて、それでも意地を通すしかない哀しい人だよ。
そうなる前に、誰かに自分の姿を見せて話すことで、見えてくるものもある。誰かを鏡にすることって、必要なんじゃなかろうか。

この二人はずっと揺れているけど、お互いに良い形で混じろうとしている。バランスがいいかもしれない。
運命の人って言うのは、こういうもんなのかな。僕には解らないことだけど、この二人でなら解ることなのかもしれない。

誰かに必要とされたいから、こうしよう、あぁしようって動くのも良いと思うぞ。
そうして動いて、動き続けた時に見えてくるものもあるだろう。すぐに結果なんて出ないんだ、こういうことは。
だから歯痒いし、不安にもなるけれど、間違ってなんかいないって思って進むことが、力であり成長に繋がるんだと信じてほしいな。
流されているだけに見えても、自分の意志で誰かの為に選んだことがあるのだろ。それが巡り巡って自分の為だとしても、選んだことを誇ってほしいな。

なんてね、10代のみそらでそんなことを言われても、ピンとこないわ。先なんて、まだまだずっと遠くのことだと思えるもん。
でも、自分がこの歳になって、あの時に見ていた景色ってこんな感じだっけかって思うことは、たまにある。こういうものを目指して進んできたっけ?
その答えも、いつか出るだろうさ。今は解らないことなんだろうさ。
いつか振り返った時の自分に恥ずかしくないよう、やっていくしかないね。
10代とか20代とか関係ないね。いつでも真剣に真摯に生きていけば、死ぬ時に後悔することなんて何一つ無いだろうさ。
そういう時間を過ごしたいもんだ。

だからこの二人が間違ったとしても、僕は受け入れられそうです。
まだこの先の話がどうなるか、解らないけれど。どうなるんだろう。

居場所を作る、誰かの為に何かをする、結局は自分の為。
そんな些細なことに囚われず、その時にできることを自分で考えて、選択することこそが、生きる姿に相違ない、のかもしれんよ。

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2016/01/21 ゲーム Comment(0)

解らなくなった


少しは進んできたつもりだ。
いろんなことで失敗したし、いろんなことで学んできたから、これからもそうやっていくしかないと思っている。

そのなかで、仕事に関しては自分で選んだものだったから、まだやっていけると思っていたんだ。
ちょっとは耐え難いこともあったけど、それ以外に良い部分もあったし。
何より、雑貨や天然石を扱った仕事に就けるし。

でも、情熱が冷めていく。
いつからか、楽しくなくなってしまった。
店に来る客みんな気持ち悪い肉塊に見えてきた。
若い娘も、無遠慮な家族も、頭の悪い男も、みんな好まない。
石を、この空間を汚さないでって、反射的に思ってしまう。

話したくない。触れられたくない。
しかし、そんな自分ではいけないと、少しは改めるつもりだったのではないのか?
改めていただろうに。それすらやめてしまった?

自分が何をしているのか、解らなくなる。
結局、何も変わらない。人に八つ当たりしそうで怖くて、話すのをやめたら、また嫌われそうで怖くなった。どうしようもない。
一緒に居る人にも嫌われそうじゃないか。いっそ嫌われた方がいいんじゃないか。その方がまた失う怖さに立たされなくて、済むんじゃないか。

またそうやって、勝手に裏切るのか。


自分でも、残念なんだよ。
何で変わってないんだ。変わろうって気持ちが足りないのかな。
どうして駄目なんだ。何が足りないんだ。身体がおかしいだけなのか。
自律神経だとか、なんとか成分が足りないとか、そんなこと?

何故、単純に喜べない? 幸せになれない?
どうしたいんだよ、ほんと。

2016/01/18 語る Comment(0)

【演奏会】VENUS&ECHOES




行ってきたんだよ、V&Bと7の演奏会「VENUS&ECHOES」!!!
友人に誘われて、未プレイなのに行ってきたんだ!
既プレイなのにチケ取れなかった人には申し訳ないなと思いつつ、既プレイ且つV&Bが大好きな友人からの申し出なので、行くことにしたんだ!

未プレイながらも、想像力が掻き立てられる良い音楽ばかりで、感動して胸に込み上げて、涙腺が緩みっぱなしだった。
“Waltz for ARIA”が有名かと思うのだけど、これもばっちり聴けたよ。やっぱり うるっとしてしまった。

何より、会場のお客さん達みんなV&Bや7が好きな人ばかりだから、あちこちから鼻をすする音がして、ハンカチで目元を抑えている人も居て、一体感がすごかったんだな。
13年越しの再会のようなものだもの、感極まるところもあるよね。



手前にあったものを撮ってきた。
V&Bやっている人なら解るモチーフみたいだわ。本が可愛いわ。


お昼食べたとこが武蔵野カンパスって場所で、その外にあったタチコマ…だっけか、それだ(テキトー)
触らないでね! って結構、目立つとこに貼ってあるのがツボ。


三鷹の駅にあった えりち。可愛い。


今日のV&Bは未プレイでも泣けるもんで、生の音ってすごいんだなと実感。
楽器の名前に詳しくないから合ってるか解らないけど、ティンパニとかフルートとかパーカッションがすごく良くて、ドラマティックな音の連なりに どきどきした。そして泣いた。

僕はもっと生の作品に触れるべきだな。
演奏会とか行ったこと少ないし、絵画展は行くの好きだけど、よほど見たい人しか見ないし。
そうじゃなく、生の作品に触れて、感じ取れるものってのを、もっと増やしていった方がいいんだろな。
それがゆくゆくは、僕の作る世界をもっともっと豊かにしてくれるだろう、と、今日の演奏会で確信しました。

んでもって、月末の聖剣ライブで僕は間違いなく泣くだろうなーとも確信。
思い入れの度合いがまた違うから、そらーそうだろって言われたけれど、周りがドン引きするぐらいには泣く気がするんだよね。はは!


ゲーム音楽は良いです。プログレと言われるだけあります。
もっと聴こうよ、ゲーム音楽。わくわくするような旅と感動を、あなたに。

2016/01/09 ゲーム Comment(0)

付き合っているなら


きっと大丈夫になると思う。

年が明けたものの、12/31が仕事納め、1/1が仕事始めだったから、今がいつってことは業務的な面でしか認識できていない。
H28なんだよね、そうだよね。その1月に入って、早くも1週間が経ったんだ。

恋人様は故郷に帰っていたけど、5日には戻ってきました。
おみやげもらって ほくほくです。
でも、元気に戻ってきてくれたから、話をちゃんと聞いてくれたから、それだけでもいいんです。

まだ付き合って1ヶ月も経っていないけど、距離をじりじり詰めておる。
慎重に進んで、お互いを知れば、取るべき道が見えてくる。

僕は向こうを完全に信用している。
疑う余地が無いのだ、吾らふたりとも辛い目に遭い、不信感を持ち、それでも人間に期待して ここまでやってきた。
似た者同士だから解ること、言えることがある。
そんでなにより需要と供給の合致率がすごい。こうしようねってことで言い合うことが、全く無い。
それもまた、ふたりを結ぶトラウマや似たような辛苦の思い出があるからか。

もう少し大事に育てたいが、いずれは話さなければならなくなるのかな。
現実的な視点から、恋人のことを大事にしたいと思うのだ。
その思考は、今の人だからこそ持ちえたもの。良い影響を与えられている。

逢えない間の悲しみなど、幾許も無いだろうに。
それでも心配になって、不安になって、明日もまた生きていてくれるだろうかと思ってしまう。
ちょっと臆病すぎだな。


こまめに会って話したり、お互いに安心できる時間を作ります。
それもまた良い影響を与えるし、僕も安心するし、上手くやっていけると思える。

人の身体って便利なのに、或る一点では本当に不便だなぁ(´・ω・`)

2016/01/07 日常 Comment(0)

2015と2016


歳を経る毎に、特別なことなど無くなっていく。
明日が来るよ、今日が終わるよ、その隙間に人が差し込む定規があるよ。
それだけのことだと思って、あまり騒がなくなった近年です。

2015年こそは楽しいことがあると思っていた。
けど、繋がっていたものを傷だらけにしてしまい、何とか首の皮一枚で繋げたと思っても、いつ切れてもおかしくない状態になってしまった。
仕事だって続けられはしたけど、今じゃ熱意が薄れて、毎日がまた絵コンテの日々になりそうなんだ。

けど、ともだちとまた繋がることができた。楽しい場所や知らなかったものを、たくさん知ることができた。
あちこち行ったり、話したり、そんなことが特別なんだ。
それから、大事にしたい人間に出逢えた。勇気を出して、やっと掴めた縁なのだと思った。
幸せだと感じた。いつかまた失うんじゃないかって怖くなる時もあるけど、そのひとが居てくれるから解ったこともある。失う時より、ふたりで歩いていける道を探したいと思えた。

失ったものと手に入れたものがある。
それはどっちが優れているとか、代わりとかじゃなく、タイミングも全然違うけど、僕に大きな意味をもたらした。
失ったものはまた繋げる。生きている限り、繋げられる。
手に入れたものとは一緒に歩いていける。大事にするということ、優しくするということの本当の意味が、きっと解ってくる。

去年も一昨年も辛かった。
もうずっとこんなことばかり続いて、幸せだの楽しいだのとは無縁になり、きっとこのまま誰からも忘れられて死んでいくのだと思っていた。
確かに大事にしたい絆はあったし、みんな居てくれたけど、それを見送ることこそが僕の役割だと思って、死んでいこうと思っていたのだ。

それが、たったひとりと逢っただけで、少しは自分の為に幸せになれるかもって思ったのだ。
僕自身に価値は無く、僕の書いた物語にのみ価値があると思ったら楽になれたけど、そこにもうひとつ、価値を生む。
僕が居ることの意味だとか、価値だとか、そんなものを見つけられるかもしれない。
死なないで良かったと、涙が出るほど思えるのだった。

これから先なんて解らないけどね。
それでもいいさ、今のまま歩いていくさ。
抱えていくものをまた書いて、歌って、空を見ながら世界を往くのさ。
何も変わらず、明日が来る。

2015/12/31 日常 Comment(0)

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