そんなもの、上手く取れた試しがない。
いつでも踏み越え、踏み間違え、踏み込まれず、踏み荒らされ、踏み荒らしてしまう。
どうしたら距離感を間違えずに付き合いを続けていけるのか、それが解らずに半分も生きてきた。
そのツケを、いつ払うことになるのかと、ヒヤヒヤする。
家族計画が軌道にまったく乗らない為に、再び仕事に就くことにした。
それまで、やれ集団は苦手だの、やれトラウマがあるから事務は嫌だの、言い訳を並べてはいたけれど、動くしかなかった。
会社での疲れに比べれば、家事の疲れなど、どうということもない。少なくとも、わたしはそう感じた。
だから、相手がいくら「家事をやってもらっているから」と言ってくれても、金銭を生んでいないこと、自分の食い扶持を人(配偶者だが)任せにしていること、それらが頭をもたげる。
そのくせ、何を生み出すわけでもない。金銭に繋がることは何もしていない。物語も書いていないし、絵の練習もできていなかった。
わたしができることは、無駄に人様の稼ぎで食い繋ぐこと、家族計画も満足にこなせない器の活動を維持することだった。これは落ち込む。
だったら、さっさと死ねばいいだろう、と言われるかもしれない。
本当にこの一分後で死ぬという時、「やはり死にたくなかった」と気付く瞬間が何よりも恐ろしい。痛いのも嫌だ。
そんな理由で、自分で自分を殺すことができない。
昔から付き合ってきた友人たちは、変わってしまった人達も居れば、変わっていない人達も居る。
去年の十二月から続いていた、友人への憂慮はつい最近、一気に弾け飛んだ。
相手にとってわたしはどうということもない存在になり、その行為にわたしがいちいち傷付き、そんなことに彼女が心を動かされるわけもなく。
わたしから連絡することは、もうあるまい。そうしないと、わたしが辛いのだ。
相手は新しい友人と、上辺だけの付き合いを続けていく。そんなふうに見える。
しかし、わたしからすれば薄っぺらいその付き合いは、彼女とわたしの持続する関係より、ずっと素晴らしく、傷付く恐れもないのだった。
まぁ、売り言葉に買い言葉ってやつだ。彼女の勝気さに、わたしの生意気さはさぞやストレスであったろう。
友人とは何だ。
せっかく作ってきた関係が、十年、二十年の月日で変貌していくのなら、更に喪失してしまうなら、いったい何の為にそんなものを作るのだ。
わたしにも原因がある。人との距離感が取れず、何でも自分のことのように感じてそのまま口にする。
人によっては、それは重たく、耐え難いものだ。それを最近になって知ったのだから、わたしが失っていくのは当然の結果なのだろう。
友人付き合いもまともに維持できず、配偶者の人生にぶらさがっている。
それが嫌だから、仕事を何とか始めようと思った。
女性の集団に馴染めない、仕事のミスが多い、緊張状態が続くと眠ってまでも自分を守ろうとする。
どこへ行っても、こんな状態ではやっていけるものか。
歪んだ時から、カウンセリングを受け続けている。薬を飲み続けている。
この状態で出産となると、どうなってしまうのか。わたしにできることは、本当にあるのか。
初めて行く仕事は緊張するし、同じような職種だからといって方法も統一されているわけではない。
こんな時に思い出すのは、いつも食肉センターに居た頃のことばかりだ。結局、わたしの仕事に対する価値観は、あそこで育まれた。
それに、女性だと嫌悪することのない人達と仕事ができたのだ。見習いたい人達ばかりだったのだ。
そんな人に遭えることこそ、稀少だというのに、何故わたしは当然のものだと信じてしまうのか。
新しく就いた仕事場でも、やはり女性の集団の中では浮く。
第一印象が大事なんだと思っていたのに、いざ目の前にして挨拶をして相手の表情が硬いと「ここに来たのは間違いなのか」と、自分のことばかり気になった。
教えてもらった仕事で何回かミスをした。初めてなのだし、と思う反面、入力程度でミスしているなんて裏で何か言われたらどうしよう? と思ってしまった。
彼女達も、きっと他者を受け入れることに必死だ。
どう接していいか解らず、手探りで会話をする。日常の中で、わたしはまだ特殊な存在だから、扱いに困るだろう。
わたしも一刻も早く慣れなくては、と思いながら、自分から話しかけることは躊躇われた。しかも、話しても上手く話せなかった。
自信が無いから声が小さくなる。相手との会話で「あ、まずい」と思っても、頭が回らなくて言葉にならない。
これじゃ不審なだけじゃないか。挨拶も会話もロクにできない奴と、誰が一緒に仕事をしたいものか。
自分の失敗だと解っている。
けれど、彼女達のよそよそしい態度を見て「そんなとこ、初めて来た人に見せるか?」とか感じていた。
何でわたしは入れてもらった側で、受け入れてもらう為に努力する側なのに、こんなに偉そうになるのか。自分のことがそんなに大事か。大事だ。
いやでも先ずは順応だろ。態度デカいだろ、それ。
上手くやっていけない、もう嫌だ、やっぱり自分に社会生活は無理なんだ・・・・・・とか何とか、ぐるぐる考えながら仕事をしていた。
危うく意識が途切れそうだった。帰る頃には腹痛の気配を感じていた。
わたしは他者に甘えすぎているか。集団に馴染む努力を何もしていない。
最初から固まっている奴らが新入りを招こうと思ったら、その輪をほぐして中に入れるしかないと思っていた。
新入りが輪に入ろうと思っても、どこから行けばいいのか解らないじゃないか。だから話しかけるのだろう、輪から。
そんなふうに偉そうだから、集団に入れないのだな。
招き入れるのが普通の対応だと思っているから。自分なら、そうするから。
あんまりにも自分の意思を見せてくれないと困るけど、初めての場所で見せるのも困難だと思うから話しかけるのだ。
誰もが同じことを感じるわけじゃない。
当たり前のことだけど、失念しがちだった。
謙虚さが不足しているわたしは、成程、確かにどこの輪にも入れない。
輪を形成するだけのものが、何もない。
同じようなことを思って、もう嫌だってすぐに辞めたくなる自分にも、うんざりした。
また繰り返すのか。せっかく雇ってもらえたのに。
しかも初日じゃないか。嫌になるの早いな。
何でこんなに堪え性がないんだよ、と自分自身に苦笑する。いや、笑えないわ。
我儘ばかりだ。何も果たさずに、我儘ばかりだ。
頑張るのも、努力も嫌いだ。報われたことがない。
友人を大事にしたいと言いながら、次々に失っている。誰の所為だ。
自分から歩み寄っても、無駄になる。だから行きたくない。
苦労して繋げたところで、次の風が吹いたらどこにも居ない。そんなことばかりだ。
どこへ逃げても同じことが起きる。わたしが変わらないからだ。
生きることへ不満を連ねても、死ぬことに変わりはないのに。だったら生きた方が得か。
言い訳ばかりで、泣き言ばかりで、他者とどう関わったら自分が傷付かないのか、考えている。
こんなことでは、どこにも行けないし、何にもなれない。
無理に関わる必要はないけど、孤立していればいいというもんでもない。
駄目なら、いずれ会社から切られる。今は試用期間だ、きっとな。
言い訳しても、泣き言ばかりでも、仕事に行けたらいいと思う。
まして、正社員でもないし、毎日行くわけでもない。
「今の自分なら、これくらいで働けるかな」と思ったから、その条件に近い場所に行った筈だ。
報われないことが怖い。ミスばかりで呆れられるのが怖い。
また、わたしは結局何もできないんだと思い知らされるのは、辛く苦しい。
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2019/05/08
日常
クリアしました。
始めたのが買ってから一ヶ月後くらいで、その間はずっとカリギュラやっていました。
だもんで、久しぶりにアクションできる〜と期待はしていたように思います。
ナンバリングしかプレイしておらず、他ハードの作品は未プレイ。
天野シロ先生の漫画で追った話もありますが、ゲームの内容そのものを自分で追ったわけじゃないから、いまいち稀薄なところがある。
それでも、Ⅰが出て、Ⅱが出て、待ちに待ったナンバリングタイトルなので、ちゃんとシリーズ追えてないにしても、わくわくしていたのです。
ネタバレなしの評価でいくと、
えー、
難しいな、一言では表せない。
アクションは期待通りでした。
ちょっと前までブラボやっていたから、高所から落ちても無傷のソラが頼もしい。
派手なフリーフローアクション、多彩な敵のデザインはKH3でしか味わえないなぁと感じました。
アトラクションに乗っている気分で攻撃かませるのも、ディズニーと絡んでいるからこそできたことだよなぁ。
好きなのはスピニングカップと、ウォータースライダーだろうか。三人で遊んでいる感じが良い。
今回のパーティ編成ら、ドナルドとグーフィーが入ったまま、各ワールドのキャラを連れていくことができるようになったので、四人パーティとか五人パーティとか大所帯です。
個人的に気に入っているのは、「モンスターズ・インク」のワールドと、「ベイマックス」のワールドかなぁ。マイクやベイマックスがかわいいじゃないか。
実はアナ雪以外の今作品のディズニーキャラは知らない人なんだけど、それでも楽しめたという。
音楽も素晴らしい。いえ、下村さん大好きなので、贔屓もありますが。それでも素晴らしいものは素晴らしいのだ。
Ⅱのボス戦曲を少しアレンジして使ってくれたのは嬉しいですね〜。
一番嬉しかったのは、アトラクションの時にトラヴァースタウンの戦闘曲が流れたことだな。懐かしくてしょーがねぇ!
とある場面では、期待通りに、ⅠのOPで使われた「光」のオーケストラver.が流れました。これも聴きたかったので感無量。
音楽は文句のつけどころがないですな。サントラ買わないと。
ストーリーに関しては……
あー、これはネタバレしないで言うのも難しいもんだが……
とりあえず、最後の方が雑だなって感じました。
ディズニーが絡んでいる時は丁寧に作られていた気がするけど、XIII機関が絡んできたり、ラスダン辺りに来ると、急に雑さを感じられました。
ディズニーとスクエニが組んでこそのKHなんだけど、XIII機関はここまで必要だったのかなぁ……?
他の作品を追えてないから、そう感じるだけかしら。
ムービーは確かに綺麗だけど、いちいち挟まれて冗長なため、少し怠さを感じました。
戦闘が終わるまでは、せめて挟まないでほしい。ムービーの度に手が止まり、しかも内容があるのかないのか解らないところが辛い。
ディズニーのワールドでは「キャラかわいいなー」とか思っていられるけど、XIII機関が関わってきたり、ソラの目覚めの力を取り戻す云々の話の時は、本当に怠かったんだ……。
中身のない会話の為に探索や戦闘が止められるもんで、「まぁKHだし」と初めは思っていても、それが続けば言い訳もできなくなる。
話に関しては首を傾げるところが多かったけど、ゲームそのものは作り込まれているので、やりがいありますよ。
やりこみ要素も多い。隠れ王様マーク探しはハマりましたね、現時点で自力で見つけるのも限界だなーと思っちゃいるが。
戦闘は苦手という方でも、〇ボタン連打しているだけで勝てるでしょう(難易度にご注意ください)
合間にフリーフローアクションしたり、アトラクション楽しんだり、アビリティで強化すればソラが追撃アンド追撃で屠ってくれます。
スピーディな、とまではいかないけど、派手且つ楽しい戦闘はできるんじゃないかな!
楽しめる部分を見つけ出すことができれば、充分に買う価値があると思います。
言っちゃ悪いが、話以外は良い。楽しめた。
以下にネタバレありで、好き勝手に話します。
といっても、主な部分はラスダン付近の愚痴になりそうだ。
いやーーーーこれだけ楽しめる作品だったのに、中身のない会話と、度々やってきては戦うでもなく去っていく真XIII機関の所為で、後半はずっとストレスを感じたな!!! もう!!!!!
わざわざ真なんて作らんで、違う機関名にしても良かった気がするけど、十三人でいるうちはXIII機関か?
ソラ達三人の掛け合いや、心を持ち出す各会話はまだいい。
そもKHは心を扱った話だし、プレイする年齢層よりも此方は上だし、多少は! 仕方ない!!
だが、まったく中身のない会話と登場はやめてくれ。
ソラが言うように「意味ありげなこと言って消えちゃうだけ」を何度も繰り返されて、XIII機関はこんなに人いらなくね? って思ってしまったじゃないか。
意味深なこと言って揺さぶりかけてくるだけなら若ゼアとかアンセムで良かったじゃん。
わざわざ新しいの機関を作って、いろんな奴を行かせる必要あったんか。
巷でも言われているが、キーブレード墓場の展開はやっぱり納得しづらい方が多いのですね。
かくいう自分もその一人。いきなり絶望に叩き落とす展開になって、その性急さについていけず。
せっかく「光の守護者」で揃い踏みしたところを、ロクな活躍もできないうちにやられるなんて、それはないよ……。
カイリとアクセルに至っては、マーリン様のとこで何をやってきたの? と思うレベル。
相手がとんでもない強さであるということを見せるためとはいえ、今までの修行が無駄になるような展開は見せないでほしかった。
カイリは好きでも嫌いでもなかったが、衣装替えして修行して、やっと出てきたと思ったら、やっぱり守られるだけじゃねーか! と憤りを感じてしまったぞ。
ソラを迎えには来てくれたけど、戦闘で活躍できないなら墓場までついてこなくても良かったような。
「光の守護者」の戦力にならないんだから、大人しくしていようって思ってしまったんだ。
言葉を選ばなければ、
レギュラーのドナルド、グーフィーの衣装は変えてくれなかったのに、役に立たない者の見た目を変えても無駄だろ。
アクセルだって機関のお揃い黒ローブのままだし。
ここまで批判ばかりだ。
良かった点はないのか、と言われそうだが、勿論、あります。
個人的な好きキャラはロクサスなので、アクセルとシオンに再会できたことは良かった。
でも、もっと欲を言えば、ハイネ達との再会シーンを作っておいてほしかったな。
それから、ナミネも復活していましたね。
海組と呼ばれる中で、ナミネが一番好きなので、動いているところを見られて嬉しかったですよ。
まぁ、それもディスティニーアイランドで皆が遊んでいるのを見るまでは。
何で遊んでいるのかも解らんが、カイリが戻っていたので「ソラも居るのかな?」と見たら、手ぇ繋いでやんの。わぁ。
しかし、直後に消えた。FFⅩを思い出したのは、わたしだけではあるまい……。
カイリは連れ戻したけど、ソラはやっぱり消えちゃったってことなのかな。
リクもついていけば良かったじゃないか!
カイリはすっかりソラの友達みたいになっているが、元々はソラ、リク、カイリの三人組ではないか!
カイリ→ソラ←リク
って感じになったのは何故だ、カイリとリクは知らぬ間に友達じゃなくなったのか?
ソラ一人しか行けない場所でも、リクはついていくもんだとばかり……。
しかし、ソラとリクは東京らしき場所で目覚め、何故かヨゾラが居たな。
次はあそこが舞台? 東京に来て、また衣装替え? 力を失うの?
ソラはいったい何者なんだよ……。
みんなキーブレード持っていたけど、結局、肝心なところはソラに任せるんだから、ソラだけがキーブレードに選ばれた人間ってことで良かったじゃん……。
話に関する愚痴ばかりになりました、読んでいて気持ちの良くない感想ですね。
同じように感じた人が多いってことが、またモヤ度を上げます。ますます話を何とかしてほしかった。
プレイ時間もあまり掛からず、そこは物足りない。
隠れ王様を探して二十時間は費やした、その分のレベルもあがった。
肝心の話に魅力を感じられないんじゃ……。
でも、次回作が据え置きで出るなら、きっと買う。心機一転、買う。
戦闘は一番好きですもの。ソラとリクと、また冒険したい。
ドナルド、グーフィーは出てこられないのかな。
はぁ、もやもや(´・ω・`)
2019/03/18
ゲーム
死のうとすると、景色は輝きだすし、郷愁のようなものが湧いてくる。
何故、今になってそんな感情が湧いてくるのやら。身体が防衛反応として見せているのか。
死ぬことは怖いが、生きていくことはもっと怖い。
何もかも奪われて、失って、自分が忘れられていくことの苦痛は、耐え難い。
圧倒的な存在感、生身の感情の表現、全ての言葉が尻尾を巻いて逃げ出すのだ。
それは人でも例外なく。誰も居なくなった心の場所を眺めて、後悔したり、憎悪したりする日々だ。
病んでいるから駄目になった?
これは性格だから、生来の気質だから仕方ないとでも?
依存した先の崩壊は、不可視の友人らも畏怖するものだった。
これから自分がどうなるのか、解らない。
完全に壊れてはいない。けど、限りなく潰れた。
それは環境の変化に適応できなかった自分の責任だ。
弱いものは淘汰されて当たり前だ。心理的な要因とて、淘汰の対象になるだろう。
こんなことで悲しんで、悔しくなって、何も信じられないなど、哀しい生き物だ。
そうして自分を憐れんでも、苦痛は和らぐことなんて無い。
自分の人間関係の作り方が可笑しかったのだと、解った。
依存して、頼って、相手が自分を受け入れてくれるように動かしているかのような。
勿論、耐えられない人間とは離れていった。残った人間は皆、優しい。
誰かの役に立てないのなら死ぬしかない、なんて言って、死ななかった。
何度も死ぬことを考えて、何度も景色が輝くのを目の当りにして、言葉が出てこなかった。
誰も皆、最初は「話を聞くよ」と言ってくれる。それは長続きしない。
露悪的な言葉は、空気は、人間の心を蝕む。
鬱の人間の近くに居ると鬱が伝染する、という現象に似ている。
僕から渡されるそれらの感情は、著しく人間を蝕んでしまうのだという。
その所為で話を拒否されたことも、ある。相手を傷付けてしまうしね。
それでも聞いてくれた人が、僕の中で大事にされる理由なんて、挙げるだけでもばかばかしい。
受け入れてもらえることのありがたみを、嬉しさを、誰もが知っていると思っていた。
だけど、それは依存していいということではない。
甘えと絆を勘違いしてはいけない、と教わった。
愛してもらえなくても愛することはできる、と教わった。
僕は何も実践していない。できることを放棄してきた。
辛くて苦しくて、自分のことばかりだ。
こんな自分にも友人が居たというのに。
仲良くしてくれた人を、遠く遠くに感じる。
皆は陽だまりの住人なのだと、何度感じたことか。
僕はまだ、階段の暗がりに居て、皆の後ろ姿を眺めている。
すべてのものは美しく、腐って、また甦って、素晴らしい。
なんてくだらない世界だ、素晴らしい。そんな気分だ。
没入した世界でも、ひとりだ。
それは嘆くほどのことだろうか。どこに行っても自由じゃないか。
未熟な絶望、気分だけの絶望、それでも死にたくなるほどの辛苦がある。
素晴らしいものの中で、自分だけが不細工だ。
2019/03/01
日常
ちょうど以前の満月の時か、こんな時間に外に出て、ゆっくりと小さな丘を目指した。
驚くべきことに、こんな時間の、こんな時期でも人は歩いているものだ。殆どがじいさまだったけど。
自分一人しか歩いてないと思っていたから、道行く先に人影を見つけては、構えた。向こうもかなり驚いたとは思うがね。
以前の日記より三ヶ月しか経っていなかった。
それでも状況は激変したと自ら捉える。
僕は均衡を保てなくなった。もとより危険であったが、それはより顕著になり、言葉の半分以上が虚ろなものだ。
心の問題について、人に話せなくなった。どうせこの人も離れていく、理解しようとしてくれないと思うと、口から次いで出ていくのは上滑りというか、意味のない単語ばかりになった。
僕の状態が悪化しようとも、その心根に何が潜み腐っていこうとも、周りの関心を引くことはない。
それが正しい反応だ。人間が生きていく為に必要なものなんだ。抱えられる荷物の質と量は決まっている。
だけど、それでは僕が納得しなかった。わたしは諦めるしかなかった。
不安定になり、言葉と思考は尖り、孤独感は増し、己の不甲斐なさに呆れ、奥底にあった独占欲の復活に頭痛がする。
僕もまた、いつかの姉さんのように諦めるのか。その方が楽だし、生きていけるから。
どうやって生きていたいのか、今となっては夢にすら出てこない。
友人のネット付き合いに伴い、稀薄になった現実の関係を嘆いて、傷付いて、とうとう自分から話しかけるのをやめてしまった。
元からあまり人の話を聞かないひとだったけど、それにしたって対応が酷い。
そのくせ、ネット先での関係には注意して、楽しげにしている。
今まで辛かったのだから、好きなことを優先したらいい。
だけど、現実に友人を支えてきたものを、彼女は忘れていったのだろうか。
そのなかに僕が居ないことは明白だ。やりきれないな。
大事なひとに大事なものができて、それを喜ぶ反面、昔から気にしていたこと、許せなかったことが溢れてしまった。
もうその大事なひとに近付くことすら、痛く、怖いのだ。これまで幾度となく話を聞いてもらい、助けてもらって、今度は此方の番だと思っていたというのに。
昔から、恋とやら、僕から大事なものを奪っていくんだ。だから嫌い、虫唾が走る。
優先されるべきは恋人という風潮で、それまであった友愛や親愛の情は恋慕以下と捉えられるが、世の習いだ。
では、今までの経験は全て、恋人とやらができるまでの予行演習だったとでも?
そんな人間関係の踏み台になる価値があったとは、自分に驚きだ!
怒りが治まらず、かといって誰かに話すこともできない。
伴侶からは「もっと強くなってほしい」と言われてしまった。そういう問題に捉えているのか。
強くなるとはどういうことだ、物事に鈍感になればいいのか?
僕は自分のことを理解してほしくて、言葉を尽くして語っていた。
聞いてくれる人は居たし、そのお蔭で築けた関係も少なからずあったろう。
だけど、満たされない。満たされずに来た。
生死を懸けて冒険すれば、本当の仲間はつくれると思っていた。
平穏の上の友情は瓦解しやすく、ともすれば虚構になるのだから、お互いの心理を追い詰め、本音を出さなければ信用できないと思っていた。
十年前と比べて、僕のチカラは弱くなったと感じている。
姉さんが居ない影響か、薬の影響か、守護者たちは相変わらず居てくれるけど、自分が解らなくなる時がある。
人間とも繋がれず、守護者とも離れてしまったら、僕は何処に行くべきなのだ。
帰りたいと思う。
自分の帰るべき場所は、ずっと前から解っている。
皆、裏切る。捨てゆく。忘れて、去った。
恋人とやら、僕を殺しにくればいい。割礼でも施せば、少しは気も紛れるだろう。
ネットで繋がるのは、手軽で安心か。かつて、僕らもそうだった。ネットから繋がったものだが、正面からぶつかれないのなら、姿の見えない隣人に過ぎないな。
愚かなのは僕だ。けど、そうさせたのはおまえ達だと、責めたい。
こんなにも壊れたのは僕の責任だが、キッカケはおまえ達なのだと、責めたい。
いつでも向き合うつもりでいたけれど、僕の言葉は強すぎた。いつも相手が居なくなる。
そも向き合うことを必要とされていない。付かず離れずの曖昧な関係を、皆は好むようだった。
たかが恋人、家族に心の居場所まで取られた気がした。その重要性が解らないのは、僕がイカれているから。
ひとが幸福になることに邪魔になるのなら、殺されて然るべきだ。
それすら、ひとは与えてくれない。自分達の手は汚したくないのだ。
なにひとつ、以前のままではいられない。そんなことは解っていた筈だ。
離れゆくものを思うと、自分を破壊しなければ気が済まない。
もう行き場のない気持ちは、ひとや自らを呪う以外に消しようがなくなってきた。
耐えてきた。今まで同じようなことがあっても、耐えてきたんだ。
だが、今回は違う。支えが無いんだ。少なくても存在していた支えがひとつひとつ離れて、最後の支えすらも失ったような、そんな寂しさなんだ。
人間は忘れてしまう。忘れるから生きていけるらしい。
僕は忘れられてしまう。忘れるから会えるのかもしれない。
すごく怒っている。同時に傷付いて、悲しくなった。
自分がどれだけ周りに依存していたか。
その周りの為に何かしたくても、気持ちが邪魔をする。自分の感情を優先してしまう。
友だち甲斐が無いよなぁ。こんなことでは、失うばかりだ。
しかし、自分を矯正するのも疲れた。
踏みにじられたものを元に戻すのは、気力が要る。たとえ、自分の仕業であっても。
もう消えたいのだ。
或いは、この器さえ動いていればいいというのなら、僕自身はもう眠らせておくれ。
姉さんみたいに、違う人格を宿せたらいいのにな。皆と距離を取り、不必要な接触はしない、伴侶を支えるだけの肉塊だ。
僕の物語が終わる時は、まだか。
自分で終わらせるのなら、その一時が重要になってくるぞ。
疲れたな。疲れたよ。何でこんなに苦しんでいるのだろう。
ひとの中の順位、気持ちの範囲、そんなものを常に占有したいだなんて、馬鹿だなぁ。最も忌み嫌われる。これが誰の中にある欲求だとしても、向き合うことは稀だ。
自由にはなれそうにない。
誰もが忘れてしまっただろう景色を、僕ひとりが憶えている。
夜に歩いたことも、夕焼けに家路を目指したことも、みんなは忘れているだろう。
その景色を上書きできる程の存在に逢っただろう。
人間の営みの中に紛れこめなかった自分が悪いのだ。
認めるしかあるまい。ここでさよならだということ。
書き終わるまでは。自分が保てるうちは。
苦しいので、誰かに話したい。上手く話せない。
もう聞けるひとなど居ないんだ。
幼馴染みメンバーの一人から、「愛されずとも、誰かを愛することはできるだろう」と言われた。
僕にはそんな高尚なこと、できそうにないよ。
みんな居なくなる。居なくなった。他の人間が、感情が奪っていった。違う、幸せになりに行ったのだ。
僕の幸せは、帰ること。
みんなが憶えていてくれること。
必要として、忘れずにいてくれることだ。
2019/02/20
語る
大学時代の友人らの活躍、
ついったで知り合った方の活躍、
それらを見ていると、自分が何の成果も残していないことに気付かされて、生きる意味のようなものを見失う。
これは昔から傾向があったけれど、最近は特に酷くなった。
他者を妬んでいるわけではない。友人の成功は素直に喜ばしく、凄いことだと思えた。
だが、自分はどうだ。心の状態に振り回され、仕事を辞め、教習も上手くいかず、毎日何も生み出せずに終えている。
そういう時があってもいい。それがずっと続くと辛くなるし、苦しくなる。
ならば、何か残せばいい。動けばいい。
何度もそう思ったが、わたしが動いて何を残せるのだ? と思ってしまうのだ。
これは逃避で、悪夢で、甘えなのだと自分に気付かせても、途方もない無力感が襲ってくる。
所詮は生まれてくる必要の無かった者が、どう足掻いたところで何を残せる筈もないと。
いずれは忘れ去られるのだから、固執する方が愚かなのだと。
わたしはこれまで自分にしか書けない物語を書いてきたり、歌ってきたりしたつもりだ。
けど、それは誰かに認められる手段でしかなかった。
じゃあ、書籍化されれば、音源が配信されれば、承認欲求は満たされるのか?
その為に捧げる時間を、本当に誇れるのか?
最近思い出すのは、小学生の時のことだ。
誰に読ませる予定が無くても、机に向かって書いていた。
自分より上手い人間はたくさん居る。絵も描いてみたけど、酷いものだ。
それでもわたしは楽しかった。時間も忘れて、ひたすら描き、表し、できたものを自分で読み直して満足したものだ。
その時のようになれないのは、繋がりが増えたからか?
誰に認めてもらいたいと思って、こんな悩みを繰り返しているのか、わたしにも解らない。
誰も彼もを知れる機会は嬉しいが、インターネットに囚われてわたしは随分と周りに依存し、固執してきた。
それは報いとなり、呪いとなり、わたしに結果をもたらすのだ。心が死ぬのか、器が崩れるのか、どちらが先かは解らないけど。
わたしは居なくても良かった。
生きていれば失うばかりだ。
友人たちにはどうか幸せになってほしい。
わたしが辛いのは、わたしを認められないからだ。
自分が居なくなると困るのは、わたし自身だというのに。
死ぬのは怖いが、生きることの方が怖い。
2018/10/14
日常