ふおぉーーーお疲れさまでした。
雨が酷いですね。ふらみいです。
台風が来ているというなか、休みでした。明日は出勤ですが。
夜にまた酷くなるらしいけど、明日もこんななのかなー。
パソ美がうんともすんともいわないもんだから、ゲームした後に映画を観たよ。
弟提督から誕生日にもらっていたBlu-ray2本のうち、「LEON」を観たよ。
何でこれをくれたのかは解らなかったけど、最初の候補が「第9地区」だったから、そっちじゃなくて良かったね! って感じでしょうかね。
いや、あれも面白かったけどね。主人公がどうしようもない人で面白かったけどね。
LEONのあらすじとしては、
町一番の殺し屋であるレオン。依頼を受けては遂行し、単調な毎日を送っていたのだけど、ある日、隣家に住む少女と出会い、彼女と話すようになる。
少女は父親、継母、腹違いの姉から虐待を受けていて、4才の弟しか心を許せる家族は居なかった。
その父親が麻薬の横領をしたとして、取締局の人間達に家族もろとも殺される。
そこから逃げ出した少女はレオンの元に身を寄せ、読み書きもロクにできないレオンに勉強を教える代わりに、自分に殺しの術を教えてくれと頼むが……
これはアクション映画に相当するらしいのだが、邦題は「凶暴な純愛」というらしいです。
このレオンと少女マチルダの関係と変化が映画の主な楽しみどころといえますか。
役者さんは素晴らしい方ばかりで、マチルダを演じているのはナタリー・ポートマンさんです。
「ブラック・スワン」が記憶に新しいわたしとしては、この頃(当時11才!)から美人で謎めいた魅力があったんだなーと( ˇωˇ )
でも一番、目を引いたのはやっぱり、捜査官のスタンスフィールドだな。
マチルダにとっては弟を殺された仇になるのだけど、このスタンスフィールドを演じるゲイリー・オールドマンさんの演技が、本当にすごい。引き寄せられる。
スタンスフィールド自身、麻薬取締局の捜査官でありながら、麻薬組織のボスっていう人だからね。強烈な薬を飲んだ時の変化と高揚感の演技は、何度見ても鳥肌が立ちます。
音楽もいいですなー!!
あれか、レオンがイタリア系ってことだから、それっぽい曲もあったりするのか。
でも、メインテーマらしきあの曲が一番好き。
わたしにしては珍しく、洋画のEDで良いなぁと思った歌でした。LEONにぴったりだね!
あと、劇中歌でビョークが使われていましたね。びっくりしたぜ。
しかも“Venus as a boy”だった。いいよなー、この歌。
レオンのキャラがなかなか掴みづらかったけど、本当に少年みたいな心の持ち主だったな。
マチルダが反対に大人びて、妖艶な印象を与える。
その2人が一緒に居ることで、互いに与える変化と影響が、見ていて楽しくもあり悲しくもあり。
日陰者だもんなぁ……どうやったって、ただ幸せになれることなんて無かったろうけど、感じる瞬間はあってほしいな。
ところどころ泣いた箇所もありました。
レオンの過去話とか、2人一緒に逃げないと嫌だとか。
レオンがこの先も生きていこうと、根をはって生きていこうと心から思えたんだなって瞬間が、とても悲しく映りました。
その後でアレだもんな……でも、一矢報いてやったのだ。さすがプロ。
日本でもすごく人気のある映画と聞きますが、これは人気出たろうな!
94年じゃーわたしまだ子どもだ、その時じゃ解らない魅力ね。
次は吹替え版で観たいな。
山ちゃん演じるスタンスフィールドとか、キてんだろーなぁ……
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2015/07/16
(主に)映画感想文
こんばんは、ふらみいです。
寒いのかなんなのか、お腹が痛いです。いつもの痛いのとは少し違います。とにかく痛いです。
最近、休日にお出掛けしないようにしているのですが、やはり家にずっと居ると気分が滅入ってしまうようです。
それでも1回は外に出るようにして、さんぽしたりしているだが。天気が良い日は特に塞ぎこむようです。
人混みが苦手でも、外に出て何かしらの刺激を受けないと、勝手に精神が蓋をしてしまうのかもしれないな。
そんで、今日はせっかくなので映画を観ることにしました。
例の変なものを勧めてくる友人から借りたままでいた、ヤン・シュヴァンクマイエル監督の「ALICE」を!
ヤン監督といえば、一番、印象に残っているのは「悦楽共犯者」なわけですが、「オテサーネク」もかなり楽しませていただいた(そして耐性もついた)ので、今なら「ALICE」も観られるだろうと思ったのです。
DVDの表紙からして感じられるヤン監督の世界観ね。幼女が可愛いだけじゃないんだよ、幼女を取り囲む何がしかのモノ達が気になる。
内容はキャロルが原作の「ふしぎの国のアリス」と大体同じなようなので、ネタバレなどは特にありません。
白兎を追いかけて、アリスがあちこちで不思議な体験をし、実は夢でしたっていう・・・・・・あれ。
原作よりも先にディズニーのアリスに触れているので、想像がどうしてもそっちに偏りがちです。
しかし、ディズニーのアリスも今考えてみると、何ともいえない話ですな。昔は好きだったけど、意味は解っていなかった。
花の婦人たちに馬鹿にされるところとか、アリスが自分の行動を悔いて泣くとことか、ハートの女王に「あの者の首をはねよー!」て叫ばれて皆に追いかけられるとことか、スッキリしないトラウマは数多くありますけども。
ヤン監督の「ALICE」は、やっぱりどこか退廃して見えます。冒頭からして、アリスが仏頂面で川にずっと石を投げ込んでいるからね!
雑多な部屋でも、紅茶のカップに石を投げ続けているのだけど、この行為は何かの暗喩なのかしらって、深読みをしてしまう。それいったら、机の鍵穴に指を突っ込むことが多かったから、それも暗喩なのかって見てしまったり。
もっと純粋に作品を楽しもうよ! って気を取り直して観続けたものの、何かを表現しているのだと、すぐに思ってしまう、いけない脳味噌ですな。
音楽は殆ど無く、ストップ・モーション・アニメが随所に使われていて、人形たちの動きが気持ち悪いです(良い意味で)
大体、アリスが追いかけている兎のぬいぐるみだって、毛がばっさばっさで気持ち悪いからね。可愛げが全然無いからね。腹から懐中時計出すけど、懐中ってそっちかーい! みたいなね!!
白兎の友達連中も出てきますが、ほぼ剥製や骨格標本が服を着て動いております。
それでも、みんな眼だけはやたら綺麗。グラスアイ使っているのかな。血走っているところが気になるけど、尋常じゃない空気を常に纏っております。
動くぬいぐるみってファンシーに聞こえるけど、実際になったら狂気の沙汰なのだなと気付かせてくれます。
ミニチュアを動かしているような、時々、実写のものを小さく見せているような、視覚が騙されるような絵面が多くて、観ていて非常に楽しいです。
そして相変わらず不味そうなメシの数々。
「オテサーネク」の時も思ったけど、本当にごはんがまずそうだよ。それとも伝統料理とかなのだろうか。
あっ、けどネズミがアリスの頭の上で雑炊のようなものを作ろうとした時は、すごく冷や冷やしつつも「美味そう」と思えた。
あとはもう、ひたすら、まずそう。ぱさついていそう。なのに、インキまで飲むとかすごいよ、あの娘っこ。
そこでやっと自覚したのですが、ふらみいはたぶん音フェチの中でも、食器の音フェチっぽい。それは西洋の食器に限る。ナイフとフォーク、そしてティーカップとソーサーの音に弱い。
あの「カチャ、カチャ」という音がすごく美しく聴こえて、きゅんきゅんすらぁ。どういうことだ。
水の流れる音や、雫が零れる音が好きなのは、なんとなく気付いていたのです。火の爆ぜる音とか。
だけど、食器の音がこんなに胸を震わせるものだなんて、今日やっと気付いた新事実。ワルツ系の暗い音楽に合わせて食器の音がしていたら、それだけで1時間はほんのりしていられる。
日本の食器はあんまり音が立たないですよね。そもそも音をたてるの、マナー違反ですものね。
ナイフとフォーク、そしてティーカップが尊いと感じる日が来ようとは・・・・・・
でも、一番尊いのは、アリス役をやった幼女でしょう。彼女こそ、幼女オブ幼女、キングオブ幼女ですよ。あれ、それならクイーンか。
あの仏頂面、大胆な行動力、素なのかなって思えるような演技など、わたしのなかの幼女愛を著しく刺激してくる。愛らしい、なんて愛らしいの!!!
服装も子どもらしいのに、どこかおませさんな感じで、好感度が高い。膝丈でAラインのお洋服は本当に可愛らしい。そこにさらさらの金髪、大きな碧の瞳、滅多に笑わない端正な顔立ちときたら、もう!!!
「オテサーネク」の少女もわたしのなかでは大好きな娘ですが、アリスはかなり上位に食い込んできました。この娘の為にDVD買いたいぐらいよ!
それにしても、あれだけの目に遭っても、白兎を追いかけたアリスの執念は何だったのだろう。
ディズニーの時はなんとも思わなかったけど、ヤン監督の作品で観ていると不思議に見えてくる。どうして、あんなに一生懸命に追いかけていたのだろう?
あれは追われている白兎も怖かったのではないかな。しかも自分の家まで破壊されてね。
あれっ、そういえばチェシャ猫が居なかったですな。ヤン監督版だから、それとはまた別の存在が居たのかな。
ハートの女王は例外なく、あのままだったけど。口癖が「首をはねよ」だと思われるぐらいの。
しかし、この女王には旦那が居ました。「お前はいつも正しいことを言う」と妻を超絶支持する旦那でした。
トランプの兵が好きです。すぐ首切られちゃってね。
観れば観るほど、いろんな方が影響を受けているのだろうなぁと思えました。前も言ったけれど、イヌカレーも影響を受けていた、ような?
イヌカレーの方が一般に受け入れられますが。ヤン監督のは少し上級者向けのかほりがする。
作り物のぬいぐるみに本物っぽい目玉や舌ってところが、すっげぇ気持ち悪い。それが見慣れれば、あの方の作品はとても楽しめる。
わたしは人間のふりをした何かがとても怖いと感じてしまうひとなので、人間っぽい歯や舌を見せるぬいぐるみたちが、いちいち怖かったのです。
アリスが小さくなった時の表現がドールであることにも、少し恐怖を覚えました。
ドールそのものは嫌いではないけど、眼をあわせられるのはウチの子たちや、SDだけですわ・・・・・・。
とある方のレビューで「深夜に紅茶をおかしをつまみながら、ぼんやり観るのに適している」といった旨のことが書いてありましたが、本当にそれ。
昼間よりは、夜に紅茶を飲みながら観るのが良いと思われます。まぁ、わたしはそれやると、想像の世界から帰ってきにくくなるので、できない場合が多いのですが!
あと短編を観れば、やっと友人に返却できます。長かったな・・・・・・。
作業用BGM
あたしがアリスだった頃 / ALI PROJECT
2015/05/18
(主に)映画感想文
こんばんは、ふらみいです。
今日は友人とP3の映画を観てきました。順調に話が進んでいるようで、ほっとしております。
●ヴァみたいに何年も待たされると、ダレちゃうからね!
今回は、個人的になかなかタイムリーな話の内容だったので、「そうだよなぁ」なんて納得しながらの観賞でした。
ちょうど、チドリと順平のアレ辺りです。一応、ネタバレ配慮で言いません。
その前にも、近しい人の死で揺れている主人公勢の心境が、あまり他人事ではないので、尚のこと真剣に見入ってしまう。
近しい人を失うことで、初めて自分達のやっていたことが如何に危険なことか解る。
失うということは、もう逢えなくなるということ。どこを捜しても見つからないということ。
そうやって進んでいくことが怖くなるから、執着しないようにする。もう必要ないと決め付ける。
ちょうど今の自分の心境がこんな感じなので、どのキャラの心情にも頷けるというものです。わかる~みたいな軽々しい相槌も打てないほどの。
わたしはどっちかといえば、死のうとしている側だったけど、誰かがこんな思いをするのだろうかって考えると、死ぬことへの足踏みも止まるのです。
昨夜、ちょうど例の子と長い話をしたところでした。
わたしの伝えたいことを伝えるという名目で、随分と長い間、話をしていました。会って話した方が良かったけれど、会えなかったので致し方なし。
その時にも、「伝えたいことを伝えない方がいいのか、自分はこの人から離れるべきなのか」と考え、それはまるでその日を境に、その子を居ないものとして扱い、わたしを死んだものとして、離れて生きていこうと考えているようでした。
死んだもの同士、もう関わることはないだろう。これだけの物言いをしてしまったからには、ともだちですらなくなってしまうかもしれないと。
けれど、いずれ失うことになるのなら、今この場で失ってしまえば、わたしが死んだことになれば、苦しいことも悲しいことも起きなくなるのではないかと考えたのです。
そうして伝えたいことも伝えないで付き合っていくなんて、空虚な関係ですな。
何の意味があって一緒にいようとしていたのだろう。
死んでしまいたい。逃げてしまいたい。この子に伝えたところで、どうせ伝わらない。わたしが悪いことになる。いつもそうだったのだから、今回も。
そんなふうに考えることは辛いのだけど、その考えから逃げられなくて頭の中をぐるぐると回っていました。
でも、失うことが怖いから、いつか離れてしまうから、じゃあもう要らないってことは、やっぱりできなかったのです。
失うことが怖いのなら失わないように努力すればいい、離れてしまうのが寂しいのなら離れないように側にいればいい、そんな簡単に言えることが難しくて諦めていました。
だって、いつかは皆、自分の選んだものへと進むから。いつまでも一緒になど居てくれやしないから。
その寂しさを誤魔化すように孤独を選んだところで、皆の心に残ることなど有り得ません。
失うかもしれない、離れてしまうかもしれない、だけど自分から諦めるよりずっといいって、考えるしかなかった。
わたしは結局、闇から生まれたかのよーな まっくら存在なので、最後には絶望へ帰結します。
この人が居れば大丈夫と思っても、その人を失った時の絶望を先に知ってしまうのです。
それはずっと昔からそうでした。昔から、幼馴染みメンバーの存在を近くに感じていて、離れないと信じていたけど、どこかで暗い部分を見つめていました。
だから、映画の中で理が考えていたことも解るのです。そうだよね、そうだよねってね。
とはいえ、離れてしまうわけにはいかないのです。人間ってそういう生き物なんだって。
人間に近い存在でも、人間と関わって生きているなら、その思考を真似て生きていくことになる。
何もまとまりませんな。
昨日言われたことも、映画の内容も、ぐるぐる回る。
2015/04/11
(主に)映画感想文
こんばんは、ふらみいです。
今日は公休だったのですが、どこへも行かずに家でのんびりしていました。
最近、自分が公休の時に何をしているのかが思い出せません。
恐らく遊びに行ったり、ゲームしていたりした気がするけど、どこへ行ったんだっけ。
新しいお店での仕事は、なんとかできている・・・・・・のだけど、以前の店より客足が多く、閉店間際になっても引かない為に残業が多いです。
18時半まで掛かることが多いから、これが鎌倉だったらブチキレそうだなって思いますよ(こいつ)
箱根だし、売れている店舗だし、「まぁしょうがないよね!」と今のとこは思えています。
そんなことより、また荒れた精神を落ち着ける為に、ずっと借りっぱなしだった「オテサーネク」を観ました。
友人に11月頃に借りて、観よう観ようと言いながら4月って。観る気があって借りたのに、4月って。
「オテサーネク」は、「悦楽共犯者」や「アリス」を作った、ヤン・シュヴァンクマイエルの作品であります。
比較的、最近のやつっぽい。と言っても、10年くらい前になるのかな。
チェコの民話を基にしたホラー映画・・・・・・になるのかな。wikiには「ホラー・ファンタジー映画」とありますが。確かにファンタジーな要素もあったけれども、全体的にホラーちっくだな。ちょっとグロい部分もあるし。
「悦楽共犯者」もそうだけど、「オテサーネク」も、もし表現の技法などが面白かったら人に勧めようと思っていたのです。
しかし、内容が内容なので、表現が如何に面白くても嫌がる人は嫌がるだろうな、と。一般ウケは先ず間違いなくしないでしょう。わたしが言えることじゃないですが。
それでも日本にはヤン監督のファンがいっぱい居るというので、みんなひっそりこっそり楽しんでいるのやもしれませんね。
感想はネタバレ含むので、以下に隠しておくとして。
概要としては、子どものできない夫妻が居て、ノイローゼになるまで苦しんでいる妻の為に夫が切り株を子どもに見立てて作ったものを贈るのですが、妻がその切り株を実の子のように可愛がり始めて、妊娠した演技をしてまで切り株と一緒にいようとするのです。夫は何度も妻を諭すのですが、妻は聞く耳もたず。
更に出産を早めて「産んだ」ことになった切り株は、本当に人間のような外見をして、食事をするようになります。最初はミルクだけだったものが、だんだんと大きなものを大量に食するようになるのです。小分けにされていない肉、猫、人間も。
その夫妻の隣に住む一家の娘は、以前から夫妻の子のことを怪しんでおり、度々、様子を覗いては、民話の「オテサーネク」と照合して、子どもが実は切り株の化け物だという事実を掴むのですが・・・・・・
チェコの民話「オテサーネク」そのものは読んだことはないのですが、映画の中で娘っこが聞かせてくれるので、大体の概要は解ります。
民話を基にしている、とは聞いていたけど、まさかそのままぶっこんでくるとは思わなかった。
この話の主人公が誰だか解らなかったので、「悦楽共犯者」みたいなオムニバス的なものを考えていたのですが、どうやら子どものできない夫妻がメインのようです。
DVDの表紙は娘っこだったから、この娘が何かするのかと思っていたんだ。いや、したけどね、後半。
そんなに数多くのヤン監督作品を観たわけじゃないけれど、登場人物達を見ていると「あ、うん、ヤン監督の作品だ」と思います。
それぐらい、どっかおかしい。まともな人は居るし、最初からおかしい人も居るけど、やっぱり最終的にみんなおかしい。
ただ、娘っこはどこの感想文を見ても、DVDを借してくれた友人からも「可愛くない娘」と言われているけど、わたしは可愛いと思いますよ、アルジュビェトカ。
眉なしで、下から掬い上げるように見てくるあの眼が堪らない。ちょっと太ましいのに膝丈スカートで、無防備で、なのに しれっとしていて、オトナを嫌っていて、可愛いではありませんか。
表現の技法は面白いなーと思います。あのアニメみたいな切り貼りしたような、絵面。
オテサーネクは終始、アニメのような動きを見せていて、それが却って不気味です。生きている筈ないのに、生きているように見える。
これは前情報なしに観てもらって、ポカーンとしてもらいたいかも。
ただし、ちょっとコミカルといいますか、あまり怖くないように表現していても、死体とか内臓とか映るので、グロテスクが苦手な方は注意されたし!
以下、好き勝手な感想です。
[続きはこっちで]
2015/04/03
(主に)映画感想文
こんばんは、ふらみいです。
前回、面接に行った所から連絡が無いので、そろそろ諦めたいと思います。
っても、またどっか別の所を見つけなくちゃいけないのだが。
バイトですら上手くいかんもんですね。
そんなことより、友人から寺山修司監督の作品「田園に死す」を借りました。
観ました。観ましたよ。自分でもちょっと欲しいと思ってしまった。
最初から考えることはなく、終始、何を感じているのかよく解らないまま観ていました。
「少女椿」を観た時のような? 「ライチ☆光クラブ」を読んだ後のような?
これがアングラというものかーと、やっと自分がその周辺に着けたのだということは解ったのですが。
感想はネタバレするので隠しておきますが、これは一見の価値ありですよ。
あ、でも嫌いな人は嫌いみたいですね。幾つかレビューを見ましたが、意見はさっぱり分かれるようでした。
わたしは好きだし、気持ち悪いとか感じることもなかったけど、人によっては理解不能で不快感を覚えてしまうのだろうな。
あらすじとしては、現代の「私」が自分の少年時代を振り返り、それを映像作品に仕上げていくのですが、その途中で挑戦と挫折が待っているのです。
東北の恐山近くに住む15歳の「私」と、口五月蝿い母。子を産む女。サーカス団がやってきて、イタコ達が物憂げに話をして、隣家の人妻は美しい。いろんな人が犇きあって、物語としてまとめられていく。
映画を作る「私」は、とある知人からの一言により過去を改変しようとするのですが――
と、こんな感じか。過去と現在が入り混じる、不思議な映像作品だと思いますよ。
この「私」の鬱屈とした思いがすごい。暗喩がそこかしこにあって、自分を構築、破壊、再構築しているのかなぁと。
音楽は「少女革命ウテナ」や「少女椿」を担当されていた、J.A.シーザー氏です。
ほんとこの方の曲って耳に残るなぁ。一部では「古臭い」と言われていましたが、逆にこれぐらい古く、どこか毒々しい曲の方が、この世界には合っているのではないでしょうか。
曲が無くてもそのまま観られそうなぐらい、映像に引き込まれていたので、シーザー氏のおかげでより良く観られたのだと思います。うんうん。
さて、以下に自分の感じたことを好きに書いていきます。
いつもどおりの好き勝手とネタバレ!
作業用BGM
眼球うらがへる病 / J.A.シーザー
[続きはこっちで]
2014/11/20
(主に)映画感想文