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本当の厄災


 新年を迎えて早々に訪れたのは、もう終わったと思っていた話が蒸し返され、また相手の心境に変化があったという報告だった。
 非常に居心地が悪く、また終わった話だからとこっちは気持ちを切り替えて二年ばかりを生きていたので、頭の中が混乱している。

 どうして人間は皆、決めるのが遅いのだ。
 時間は無情に流れていくものだし、その間に手に入れるものや失うものは同じだけの数に収まることが無い。
 だからこそ、決断を迫られた時に凄まじい速度で計算し、想像し、自分の未来を描き出して、なるべくそこに近付けるように物事を決めるものではないのか。
 確かに、その場で決めたことを後で悔いることもあるし、悔いていたけど後々になってやっぱり合っていたな~なんて思い返すこともあるだろう。
 その場になってみなきゃ解らないこともたくさんある。後悔して「あの時あぁしておけば」と思うのが嫌なのも解る。
 でも、何でこの機に言うのだ。もう終わったと思っていただけにショックだ。
 つまり、相手の中では終わっていなかったのだ。

 相手の望みを承諾すると、僕はこれからほぼ自分の時間を取れなくなる。
 周りの友人の様子を見ていればそれは嫌でも解るし、周りの友人が何故その状態でもじり貧で耐えられたかも解っている。
 彼女達は自分で決めたし、対象を愛しく思うことができる。それが原動力となり、独り立ちするまでの間に支えてあげようと思えるのだろう。
 僕にはそういった母性の様なものが無い。
 常に自分の為に時間も人間も消費したい。

 例の一件で精神は破壊された。
 友情や親愛といったものは所詮、人間にとっては彼、彼女がより良い存在となり、別な人間と生殖行為に臨む為の踏み台にしかならない。
 人間の本分は生むことと殖えることにある。
 その目的の為の消費が許されるのは、恋愛や家族といった感情や関係以外の存在や事象だ。友人やら仕事やら趣味やら、何でもいいけど、恋愛と家族というものからすればクソほどの価値も無いのだ。
 そういう人間の方が多い。そして彼、彼女らは最も人間らしくて、本能に忠実だ。生き物としては優秀なんだ。

 勿論、それは誰にでも当て嵌まることじゃない。家族を大事にしながら友人を大事にできる人もたくさん居る。
 だけど、そう思うようになってしまった。歪んでいると解っていても、そう思わざるを得なくなってしまった。

 そういう奴らと同じ行為をする、生殖の為に己を犠牲にする。そんなこと、一度も自分の為に望まなかった。
 相手の為とか誰かの為とか考えたことはあるけど、それも否定されてから気付いた。自分の為に望まなければ、何をやっても続かないものだ。

 周りが本能溢れる人間ばかりで自分が可笑しいなら、そいつらを最大限まで利用してやろうと思った。
 僕は僕の為に生きるし、僕の為に奴らを利用する。人間の本能から外れても自分の為に生きたいと思う人に対して、真心を返すようにしようと。

 そんな僕がどちらかと言えば本能に近い側の人間と関係を結んでいることが、そもそもの破綻かもしれない。
 気付いた時に関係を清算することを申し出たが、相手もハッキリしなかったから、話を終わらせた。終わったと思った。
 こうしたい、いやそんなでもない、やっぱこうしたい・・・・・・と相手の中で葛藤が進んで、再び望みを口にできるようになるまで、二、三年は掛かったということだ。

 気持ちは確かに変化する。前は嫌だったことが今は良かったり、その逆もあったりするよ。
 けど、こればかりは僕に掛かる負担が大きすぎる。自分で望んでもないのに負担を抱えて生きていける気がしない。
 精神疾患持ち、体力の低下、胃腸に難あり、ストレス耐性はゼロ。思考もより偏屈になって、自分の為に生きようと、それを自分に許した矢先の出来事だ。
 なんだってこう人間は考えるのが遅いんだ、そこにまた話が戻っていく。

 厄年の近い歳だと、神社に行った時に見かけた。
 前厄があったとして、去年がそれに当たるなら、成程、確かに厄としては強烈だった。僕の感性を壊し、時間を奪い、呪詛の心を蘇らせたのだから。
 それも年末に収束していき、今は少し落ち着いてきたところだが、そこで新たな厄が降りかかる。もう厄だと思っている時点で、生殖に向いていない。
 本厄がこれなら、きっと今年で僕のささやかな生活は終わる。本当に死ぬことしかできなくなる時間が訪れる。

 或いはその辛苦に耐えれば、僕にすらも変化が訪れて何かが変わるかもしれない。違ってくるかもしれない。
 もし、変化も何も起きなかったら?
 その博打はあまり打てない。人の命が懸かるから。誰かの精神が懸かるから。僕だけならまだしも、周りの人間に耐えられるわけがない。

 契約を結んで六年目になるが、何故もっと早く決めなかったのだ。六年も経てば器の劣化は著しい。
 此方の機嫌や心境の変化を待っていたのかもしれない。そもそも前述の様に、此方が普通の人間と契約を結んだのがまずかったのかもしれない。

 僕だってこんなふうになる前は、あの子との依存を断ち切ろうと必死だったから。
 これが最後の努力になればいいと頑張った結果、契約を結んで穏やかな生活を手に入れたと思っていたから。
 相手の望みを叶えてあげたいところではあるが、僕がぼろきれ以下の精神になることを覚悟しなければならない。

 僕は大事な友人を不当な理由で失って、自分の糧となる創作の時間までも奪われるのか。
 それを誰が慰めてくれる。誰が「その後きっと大丈夫だよ」と保障してくれる。
 奪われる前に手放すのか、できるのか、死ぬこともできなかったくせに。
 本当の厄災が訪れるとすれば今年なのは間違いない。僕自身の器か精神が死ぬことかもしれない。
 けど、それは誰かにとっての喜びになるんだ。僕の死がもたらす影響はその程度のものなんだ。

 人間の為に尽くすべきなのか。踏み台にされた後、また踏み台になって、自らの器と時間を駆使して作るべきなのか、新たな人間を。
 そこに生じる感情も責任も、誰も背負えない。僕にしか背負えない。
 というか、こんな精神状態で十月十日も胎内に居たら流れそうじゃないか。守ることもできない。僕は僕が死なないようにぎりぎりで保つのに精一杯だ。

 支えが欲しい。二人で生きていけるという支えが欲しい。
 紅弥が居たら、或いは叶ったかもしれない些細な願いだな。
 いつもそうやって他者に預けているから、こうして自立できなくなるんだ。
 人間以下の存在として生きてきて、そこだけは未だに反省している。

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2023/01/22 日常

運命と自由


 深層意識を変えられたらしい。自分ではよく解らない。
 でも、そう言われたことが大事なのかもしれない。
 僕にはきっかけが必要だったから。

 彼女は姉さんと違い、本当に光の中に居る人だ。
 しかしながら、陰も知っている人だと思える。
 今この時に、そういう力を持つ人に逢えたことは何かの啓示のようだと感じてしまった。

 僕の意識が変わったとて、恐らく僕のやったことは変わらないし、果たされる。
 でも、もう囚われなくていいんだと思うと、心がとても楽になったようだった。

「自分が無いんだよ。
 復讐のため、呪うために生きているってことは、相手と同じ場所で生きているってこと。
 あなたはもっと上に行けるのに、彼らに合わせたレベルでそこに居るんだよ」

 そうお叱りを受けた。自分が無いと言われたのは正直、ショックだったけど。
 まぁ、でも、そうだろうな。僕はいつも誰かに依存して生きていたから。
 あまりにも強い思い入れで、恋愛だと勘違いされる程だったから。

 先生をして、僕の傷は根深く、話を聞くのが辛いと言われた。
 負の力が強過ぎて、何をしても拒絶されてしまうと。
 だけど、僕は生来、人の行いを素直に受け入れようとする人間の筈だった。
 僕が変わりさえすれば、きっとその意味も理解できると自分で思ったものだ。

 僕はいったい誰の為に生きているのか、何の為に生きているのか、何度も考えた筈のこと。
 それを今また身を以て知ることになろうとは。
 怒りと悲しみで我を忘れるとは、こういうことなのだな。
 祟り神にでもなっていた気分だ。鎮められることで、ようやく自分に戻れるのだろうか。

 勿論、そこに至るまで、多くの友人に話を聞いてもらったことが支えになっている。
 そうして少しずつ歩み、何とか手繰り寄せ、手に入れた機会が先生からの施しだ。
 なので、僕にとっては全てが必要な手順だったと理解している。
 きっかけは先生だったけど、その地盤を固めてくれたのは友人らなのだ。
 そこには感謝してもしきれない。僕は何度も救われている。

 僕が誰かを救おうとか、幸せにしようとか、そこまで大それたことは言えない。
 だけど、誰かが立ち上がる力になれればいいとは、今でも思う。
 そんな単純なことさえ忘れていたから、伝えた。後は届くことを願うばかり。

 少しだけ先生に師事することはできるだろうか。
 僕にはまだ学びが必要だ。
 やっぱり僕の勘は間違っていなかった。
 もっと強くなれれば、セレナ達を穢れさせずに済む。僕自身も。

 必要なのは僕が僕を救う技術だ。
 自分を救えるのは自分だけ、それはずっと前から解っていたことだ。
 だから、その足掛かりとなるよう願う。

 炎を吐く龍は、少しは気が済んだのだろうか?
 そんなイメージを言われたのは初めてだった。
 人形とか、波打ち際のない海と砂浜とか、静かなイメージが多かったのに。
 それすら覆す程の怒りと悲しみは、確かに僕を変えたと思う。
 龍はまだ飛べていない。もう少しだけ時間が欲しい。
 いつかまた逢える。僕はまだ強くなれる。
 希望とは、なんと甘美なものだろう。

2022/12/12 日常

変わりゆく者達

あれからかなりの時間が経った。
 と言っても、三ヶ月くらいだけど。
 体感では、一ヶ月の間に三ヶ月が過ぎたようなもんで、毎日が目まぐるしく、さりとて何かが劇的に変わるわけでもなく、淡々と過ぎていった。
 淡々としていなかったのは自分の精神状態だけで、思考もぐるぐる思考というやつで、どんどん後ろ向きになり、いきなり前向きになり、かと思えば墜落するという変化をいつまでも繰り返していた。

 周囲の人間には結構話したと思う。ネットで知り合った友達から、昔馴染みから、いろいろ。
 自分から離れていた友人にも連絡を取ってみたり、仲直りしようと試みたり、その過程でいきなり相手の都合により音信不通になることもあった。
 その度に自分が相手に掛けてきたコストを思って、「人間は勝手だ」と息巻いた。
 結局、自分の思い通りにならなかったから、悔しくなっているだけだ。

 僕はいつもそうだったと思う。自分の思い通りにしたいし、思い通りの返事が欲しい。
 他人は自分を気持ち良くするための道具で、他人も僕を代替品として扱うし、踏み台にして次のより良い関係を構築する。
 今回、僕が壊れた原因になった人は、僕を踏み台にして新しい関係を構築し、それを守る為に僕を切り捨てた。
 そのことが僕を苦しめ、悲しませ、不安にさせた。どうしようもなく壊れてしまったけど、器はまだ生きている。精神もかろうじて形を保っている。

 自分が被害者面することに余念が無いが、自分も悪かったのでは? という反省点も持っている。
 というのも、占いでそこを指摘されることがしばしばあった。
 最初は「傷付けられたの、こっちなんすけど???」て怒ったもんだけど、そも僕の行いによって一つの家庭が崩壊しようとした事実は否めないのかもなーと思い至る。
 そりゃー相手間に信頼があれば何てことない問題だったが、そうではない。なにせ特殊なお人を娶っており、僕もそのことは解っていたが、読みが甘かったのだ。
 向こうが喧嘩することは向こうの責任だが、僕が発端になってしまったことは、それはそうなのだ。
 そこは認めてやらんでもない、と、そういう気持ちになってきてはいる。

 僕は巻き込まれた側だと思っているし、ノンケの恋愛脳に嫌気が差したので今後は差別の対象だなーとも思っている。
 だけど、僕が引き起こした事実というのもあって、それはきっとあの子を苦しめたのだ。
 そこであの子が選択したことを、僕がどうこう言うことはできないかもしれない。
 いや、やっぱり納得いかない。捨てるんなら僕じゃなくて、別のものにしてほしかった。そんなこと言うから捨てられるんだけど。

 これから先、どこかで関わる機会が持てるかもしれないと誰かが言う。
 相変わらず不可視の存在は「願いは叶うよ、時間が掛かるだけで」と、僕の精神の延命に必死だ。
 どうしてこんなに苦しむのか、辛いのか、何がそんなに特別だったのか、自分でも解っていない。
 十六夜が生まれてひと月、あれから少しずつ変化はあれど目に見えて起こっているわけではない。確認する気力も無い。
 僕がまだ地獄に居るのは僕の都合で、相手が介入できる余地はもう無い。
 僕もあの子も、互いに自分で生み出した地獄に入っている。そのきっかけはお互いにあったかもしれないけど、ここまで来たらもう関係ないのかもしれない。

 僕は変わらなきゃいけなかった。九月に一度死んで、そこから徐々に生まれ変わっている最中だ。
 そこで手に入れたものを誇れるほど、まだ自分に自信が持てない。傷は深く、人間関係にトラウマを抱えて、叶いもしない希望を糧に日々を長く感じながら過ごしている。
 それでも光明はあるのか。生きてさえいれば、摑めるものがあるのか。また失ったりはしないのか。
 まだそんなことを怖がっているようじゃ、僕の成長も大したことないな。
 あの子を失ったと言えるようになっただけ、成長というか、自覚は生まれているんだ。そんな急に切り替えていけないよ。
 切り替えられるんだったら、あの時もこの時も僕はここまで壊れることはなかったよ。

 願いは叶うと信じよう。あれだけの労力と時間を掛けたのだから。
 でも、その願いって何だっけ。僕は何を願っていたのだっけ。
 傷付いて悲しんで苦しんで、その後はどうしようと思ったんだっけ。
 僕は何か重大な思い違いをしているのかもしれない。

 一年経って、心はゆっくりと現実に馴染み、納得いかない物事を徹底的に考えている。
 僕はそうやって進むしかない。捨てたり、諦めたり、見ないふりができない。
 それを人に話すのは、話を聞いた相手が重たくなってしまうから、あまりやってはいけない。
 僕がしなきゃいけないのは、自分の感じたことを表現することと、人に感謝することなのだろう。
 そうして願いは成就する。これまでの苦痛が報われる出逢いをもたらす。
 僕が僕にもたらせるものは、こうして生み出される筈だ。
 負けたままではいられない。僕は必ず手に入れる。でなきゃ生きている意味が無い。

2022/12/08 日常 Comment(0)

人間だから


 身を焼き尽くさんばかりの光を浴び、自分も見えなくなるほどの闇に堕ち、そんな乱高下の激しい精神で辿り着いた今日。
 ほんの二週間前に死にそうになっていたことは記憶に新しく、というか昨日のことのように感じ取れるし、なんならまだ終わっていない。まだ僕は死にたい生きたい辛い苦しいを繰り返している。そう簡単に抜け出せるものではなかった。

 信じると決めても、何かのきっかけでひどく落ち込む。
 もういいやと諦めようとしても、ここで諦めたら永遠に途切れてしまうのではと不安になる。
 どちらも不安障害から来るものなれば、薬でどうにかすることもできよう。
 自分の性格から来るものなら・・・・・・やっぱ死なないと治らないかな。
 生物として、本当に欠陥だらけだ。前も向けず、後ろを眺め続けることもできず。

 先日、夢の合間にやってきた白い青年はサザンと名乗った。
 サザンと言えば某人気グループしか浮かばなかった僕は、もっと良い名前は無いのかと思ってしまった。
 彼は白い髪に白い患者服のようなものを纏い、猫目だった。控えめながらもしっかり喋る子で、ごく自然にうちを訪れた。

 サザンが元々居たのは、あの子の住んでいる方だった。
 僕が呪詛を行った後、土地神が離れ、牛鬼のような奴らが餌場として活用すると息巻いて出ていった後、居場所が無くてこっちに来たのだという。
 これは正真正銘、僕の行いによる被害者なので無碍にはできない。すまんかった。

 夢の合間に彼は言った。自分がここに来た理由と、界隈ではちょっとした騒ぎになっていたことを。
 巫子が久しぶりに力を使ったと、彼らの間では少し騒がれていたらしい。姉さんが何かした方が影響力は強いだろうが、僕が何かやってもそれはそれで気になる連中が居るようだ。
 それで渦中の巫子が気になって、ここまで来たのだと。

 サザンは何人かの人間の気配を覚えていて、僕の辛い気持ちだとか苦しい思い出を知って目を丸くした。
「巫子ともあろう人が、あんな人間を気に掛けているのか?」
 第一声はこんな感じだった。君らは皆して同じようなことを言うな。

 だけど、皆そう言った後、必ず言うんだ。「大丈夫だ」って。
 何が大丈夫なの、どう大丈夫なの。僕が壊れると不都合が生じるから、てきとうなこと言って延命させたいだけなんじゃないの。
 それでも皆が言う。「大丈夫だ」と。その先は言ったり言わなかったりする。

 サザンは「大丈夫だ、反省しているから」と言っていた。
 いくら反省してくれていたって、それがこっちに伝わらなきゃ意味ないじゃん。行動に移してくれなきゃ解らないじゃん。
 でも、あの子が僕に関して責任取ろうとしたことなんてほぼ無いし、反省していようが考えを改めようが、こうして離れた時はいつも僕から話し掛けなきゃ、再構築もままならなかった。
 そんな子が、反省したとて、悪いと思っていたとて、自発的に動けるだろうか。しかも僕の為に。信じられないし、期待できない。
 でも、だからこそ信じたいし、期待したい。他の人間との付き合いを経て成長しているのなら、今までは無かった誠意だろうが行為だろうが、僕相手にも見せてくれるかもしれない。

 そうやってぐるぐる思考に陥って、泣けもしないほど傷付いて、自分が悪かったのか相手が悪いのかなんて疲れてくると、サザンは少し困ったような顔をする。そんなことで傷付くんだ・・・・・・という感じの顔だ。
 巫子って呼んでくれるのは嬉しいけど、今は人間だもの。人間になんて生まれたくなかった。こんなことでって思われることで容易く傷付き、壊れるんだよ。

「そうして悩めるあなたの為に、偉大なるお二方が動いてくださっているのでは」と言われた。
 確かに唐突なタイミングで闇の主と再度意思が繋がり、光の君が降臨した。あれは風呂場でだったか。相変わらずタイミングが悪い。
 二人の反応もやっぱり「え、そんなこと?」て感じだったけど、僕が傷付いているのを知ると、力を貸してくれると言っていた。
 ただ、二人の力を貸すということは、どういうことなのかを考えておいた方がいい、と誰かに言われた。紅弥だったか、エシュだったか。

 僕の力ではどうにもできない。藁にも縋る思いで、何だって試す。
 それほど追い詰められた。誰も傷付けずに、僕は僕の大事なものを取り戻したいだけ。
 不可能かもしれないけど、やりたいの。解り合える機会があるなら、是非とも話したい。
 僕のそういう思考を、主も光の君も愚かだと思ったことだろう。
 でも、仕方ない。今は僕も同じ世界に生きる人間だもの。まだ手放せない。どうして。代わりなんてどこにも無い。

「巫子の考えることは不思議なことばかりだ」と呆れたのか、感心したのか解らないようなことを言われた。
 まぁ、僕もそう思う。病気もあるとはいえ、些か偏り過ぎではなかろうか。
「あなたはあなたの意思と力で好きにできるのに、そうしないのか」みたいなことも言われたが、好きにできないのだ。
 僕の力はバッファー向きだもの。そんなこと十年前から解っていた。自分で対象絞って何かやろうとすると、絶対に失敗するんだよ。失敗とまではいかなくても、目標を達成することが困難なのだよ。
 この前だって結果を確認する形になったけど、ほぼ向こうは無傷だよ。ちょっと体調崩したかなくらいで。もっと大きな何かが起きれば自分に自信も持てたろうけど、こんなんじゃ無理だよ。

 そうして泣き言ばかりの巫子にサザンはより一層、困った顔を見せる。あまりにも俗っぽいから、聞いていた話と違うって思っているのだろうか。
 器である姉さんが有名人だったのはまぁ解るけど、その寵愛をいっとき受けただけの巫子なんて、みんな記憶に留めてもなかったろう。否、時間の感覚が違うなら、つい昨日のことみたいに知っているのかな。

「巫子はすぐ自分を傷付けるんだな」と言われる。んなこと言われたって。
 自分に都合のいいように考えても、絶対そうじゃないって思いが付き纏う。間違っているのに、ちゃんと現実も見ないで良いことだけ見て生きていくのは、軽蔑している人間達の生き様そのものだ。
 だけど、人間として生きるならその方がよっぽど良い。幸せになれるし、傷付くことも少ないし、少なくとも人間の責務は全うできる。彼らは人間であるためにそうするのだ。

 そうできない人間も勿論居る。僕はそういう人達の方が好ましいと思って、近くに居る。
 サザンからしてみればどちらも愚かしいかもしれないが、僕にとっては身近な存在なのだ。愚かだろうが何だろうが好きなのだよ。

 陽が射す方が温かい。こんな僕にも優しいし、光を与えてくれる。
 いつかこれも取り上げられる。僕が浴びるには勿体ないもんばかりだった。

 サザンにとっては期待通りではない巫子だっただろう。僕の知ったことではないが。
 人間ひとり思い通りにできない。力があっても上手く使うことができない。自分の感情も思い通りにできない。誰かに頼ったって、何度言葉を繋いだって、不安に勝てなかった。
 どんどん状況や立場が悪くなっていって、ここより下に行くことが怖くて、でもいつか行くことになるだろうと思っていた。
 もう来てしまった。何年も前から危惧していたことは、ここのブログを遡れば解る。
 こんなに長いこと恐れて、ひとりで不安を抱えて、育てて、壊してしまったんだな。
 話しても、あの子が、きいが向き合ってくれないって思って、ひとりで抱えてしまいこむしかなかったんだな。しまえてないけどさ。

 今だったら違うかもよ。なんだかんだ僕の話はちゃんと聞いてくれるだろ。
 そりゃ逃げ回るし、責任とか取りたがらないし、自分のこと悪く言われるのにも慣れてないだろうし、僕に言われるのも不服だろうけど、聞いてくれないことはないよ。
 そうやって目の前で話してきたし、逃げたの追いかけたし、喧嘩もしたし、赦したじゃないか。それも完全な形ではなかったが、何とか繋げてきたじゃないか。
 向こうだって解っていたよ、ここが特別な繋がりだってこと。周りに理解はされないだろうってこと。だから、僕ときいとでしか守ることができないんだって、そこまで知っておいてほしかったよな。

 昔の僕よ、辛かったよなぁ、苦しかったよなぁ。何年も一人で考えて、抱えて、人に話しても「向かい合ってもらえなかったんだね」って、すぐバレてさ。
 そうして僕が抱えた辛苦も孤独も、人に執着することを覚えた今のきいなら、少しは解ってくれるのかな。
 そこでやっと報われることを望むよ。願うよ。そうすることがきいにとって良いのか悪いのか、そこまでは解らないけど、僕はきいのこと知りたいし解りたいし、僕に対してもそうしてほしいね。

 上から目線ですまない。僕にも解らないことばかりだ。
 ただ、何かを犠牲にしたまま何かを得て、その犠牲が僕ばかりなのは、ちょっと納得いかなくて。当たり前だろ。
 話したいな。全部ぶつけて、同じものを背負ってほしい。誰が傍に居るとか関係ない、ここでのことに他の人間を交えて、いったい何になる。そうじゃない。

 解ってほしい。解りたい。仲良くしたい、同じように望んでほしい。
 誰も傷付けることなく、失うことなく。
 僕はきいの言ったことで随分と傷付いたが、向こうもたぶん僕の言ったことで傷付いたことくらい、あると思うんだよな。

 いつも醜いものが溢れて、暗い感情ばかりになって、辛くて苦しくなってどうしようもなくなるけど、それら全てをこうして形にして吐き出していくと、最後に残るのはいつも「仲良くしたい、失いたくない」だけだ。
 僕が好きだった居場所は段々と消えていく。でも、思い出の中にちゃんとある。君らの中にも、忘れられているだけできっと存在している。それが信じられるから、まだ生きているのだと思う。
 きい、だっけ。この子にも届いてほしい。彼女がどれだけ信じて、好きで、嫌いで、必要としていたか、ちゃんと伝わるといいな。
 そんな小さなことが伝わらないほど、残酷な世界じゃないんだろ、ここ。
 最後には何かしらが報われて、救いだと信じられるようなことが起きるといい。起きてほしい。

 サザンはやっぱり困った顔をしている。でも、ちょっとだけ笑った。
「巫子は夢想家って言うのか、夢見がちなんだな。でも悪くないよ」
 喧嘩売られてんのかな。

「この人間と繋がれるかどうかは解らない。でも、繋がれるといいと思う。その為にお二方が来てくださった。こんなにもあなたは愛されている。人間ひとりと繋がれない道理なんて無いと思うけど、どうなるかは解らない」
「でも、繋がりは消えていない。だったら大丈夫だと俺は思う。黄色でも、緑でも、青でも、その人間との大切な繋がりだから、消えない。消さなくていい。あなたが望むものを手に入れられるよう、祈る」

「捨てなくていい。いずれ光は当たる」

2022/09/26 日常

変わりゆく

たった一週間の間、山のドン底に居て、谷の頂点へと昇った。
 死にたい、生きたい、苦しい、辛い、悲しい、ごめんなさい、などなど様々な感情が交錯して、消えて、浮かんで、また生まれて死んだような状態。
 今までで何度目かの挫折と苦痛で、何もする気が起きなくて、食欲まで落ちて、もう生きていく気が無いのだと思った。

 その一方で、最後に縋りたい、話したいと、片っ端から友人らに話をした。
 去年からここまで、話し始めたら際限がないからと遠慮していた間柄にも話をしまくった。
 みんな、快く話を聞いてくれた。「抱え過ぎないで、辛くなったら話してくれ」と言ってくれた。
 これが自分の築いてきた財産なのだと、改めて知った。

 べつに友人らを軽んじていたつもりはない。話が通じないなどと思っていたわけでもない。
 だけど、何となく僕は一度頼ると依存して相手に迷惑を掛けてしまうのでは、と恐れていた。それを恐れて、あまり人に話をしないようになっていた。
 あの子しか頼れないと思っていたわけじゃない。でも、憚られると思って、話をしないでいた。

 あの子と話せなくなってから、いろんなことを感じた。多くは負の感情ばかりだったけど。
 その間、友人らとただ一緒に遊んだ。話をした。それがどれほど救いになっていたか、解らない。
 家族にも救われた。もう前の家族のように、知らぬ存ぜぬはしない。ちゃんと解決策を共に考えてくれて、カウンセリングや病院にも理解があって、援助だって惜しまずにいてくれる。
 今の僕には、これまで泣き言を零して自分に自信が無いながらも築いてきた、多くの関係があった。ちゃんとあった。

 そう考えたら、やっぱり二十年を重く受け止めるあの関係を、簡単に諦めることはできない。
 それでも、今は時間と距離を置くのがいいのかもしれないと、やっと思えるようになってきた。まだ先のことは解らないけど、もしかしたらまた話せるようになるかもしれないと。
 その反対の可能性だってある。二度と話せず、このまま会えないまま、関わらないまま、それぞれ生きていく可能性。
 それを考えるのはまだ怖いし、悲しい。未だにどうしてこんなに拘るのか、自分でも解らないけど、離れるのが耐え難く、ただ痛かった頃より、少しだけ楽になれた。
 この先で交わるということを、信じられるようになったのかもしれない。

 未来を信じるというのは、誰にでもできることではないと思う。
 自分がいつ死ぬか解らない、この先を生きていくなんて考えられない、そういう年数を重ねてきたから、十年後とか二十年後のことなんて真剣に思ったことはない。
 長期戦になると分が悪いから、いつも短期決戦だった。明日死ぬかもしれないから、さくさく決めて刹那を生きるのが正しいと思っていた。
 それが、少しだけ自分が長く生きることを許せるのではないかと、初めて思えた。

 勿論、今は友人らに聞いてもらった直後だから、奇跡に感動して楽観視しているだけという見方もできる。人間、すぐさま明るくなれるというわけじゃない。
 だけど、明らかに四日前と比べて、冷静になれた気がするのだ。思考に変化が起きたのだ。

 おまじないでも、音楽でも何でも使えるものは使って、相変わらず会いたい。
 会って話がしたいと思うし、ともだちやめたくないし、失いたくない。
 だけど、本当にここで会えなくなったとしても、もしかしたら受け入れられるかもしれない。
 次の世界で会えたらいいなって思えるようになれるかもしれない。
 可能性ばかりだが、今までは顔を背けて言葉にもしたくなかったものを、少しずつ受け入れている。
 僕は会いたい、話したい、失いたくない。相手にもそう思ってもらえたらいいと、願っている。
 それが無理だったとしても、あまり責めたくない。もう責めたくないとか、善人ぶって思っている。

 悲しくないわけじゃない。虚しくないわけじゃない。トラウマになったし、思い出すと引き戻されて辛くなる。
 だけど、誰もが「それ以上もう傷付く必要はない」と言ってくれた。「自分のことを貶める必要はない」と言ってくれた。
 僕はそう言ってもらえるだけの価値があったんだ。そういう関係を、この三十五年の中で苦しみながら、失敗しながら、作ってこれたんだ。これが僕の築いたものなんだ。

 まだあの子に話し掛けてしまう。呼び掛けてしまう。癖みたいなものだ。
 だけど、その声から険が薄れていくのが解る。ちょっとずつ。
 僕はまた凄い速さで変わり始めたのだろう。その中でも変わらずにいよう、大事にしようと新たに決めたものがある。
 馬鹿を見ることが多いけど、やっぱり素直に誠実に在りたい。

 また挫折するだろうか、傷付くだろうか、辛い苦しい死にたいと涙することはあるだろうか。
 そこで手に入れたものを手放さず、大事にできたらいい。僕にならできる筈だ。
 そうやって信じて、みっともなく生き恥を晒しても、また会えるかもしれないなら、その方がいい。会いたいし、話したい。きっとそうなると信じたい。

 僕は寂しがり屋だから、やっぱり自分の相棒のような人が欲しいと思ってしまう。
 家族は居るけど、僕の物語を読んで、歌を聴いて、僕の深奥に触れてくれる相棒が欲しいと思ってしまう。
 あの子はそこに近かった。そういう人間をまた欲してしまうだろう。
 新しい関係を手に入れられるかもしれないと、そんな予感はある。きっとまた素敵なものを見つけられる。
 あの子に会えるなら、また会いたい。何度でも言える。しつこいかもしれん。

 もうちょっと成長したら、きっと今度は君を支えられる。役に立てる。
 だから、また話したい。遊びたい。ちゃんと受け止められるようになりたい。なる。


2022/09/18 日常 Comment(0)

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