とか言うのも、飽きてくる歳(´・∀・`)ハハハ…
今年最後の日は、連れとまた真剣な話をしてきたぞい。
そしてまとまる。結婚だ何だと2017年は忙しくなりそうだ。
でも、どんな時も一緒なのが不可視の仲間達。
年々、巫として怪しくなる僕だけど、呆れずに共に居てくれる心強い仲間だ。
僕が病んでいるだけで、本当は何も無いのだとしても、僕にとっての現実だからこれでいいんだ。
だけど、これからはひとりじゃないかもしれない。
人間の伴侶を、僕なんかが望んでいいのかな。
その時を待ちながら、僕はいつもどおりに書いて、歌って、空を見上げる。


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2016/12/31
日常
9/21に天然石の店を辞めて、それから1週間経つ頃には、もう次の仕事が決まっていた。
派遣だけど、今の連れと話して雇用形態にこだわらないとのことだったので、働ける範囲で選んでのことだ。
無論、正社員の方が良いだろうとは思うし、何より賞与がありがたいのも解っているつもりだ。
だけど、そこに掛かる重圧に、今でも結構、辛いんである。
新しい場所に行くのに「上手くできるかな」とか「しっかりやらなきゃ」とか思うことは今までもあったが、様々な思惑や将来への設計図込みで気持ちが強くなりすぎたのか、今は言葉にならないままの唯々重たいものを抱えていて、それがとても辛いのだ。
1週間前ともなれば、その焦りや不安は輪をかけて強くなる。
こちとら、病んで駄目になって再起してまた駄目になっての繰り返しだからなぁ…。
またそうならない為に、今度こそと意気込んではいるものの、大抵、そうして力を入れると失敗するのだ。
じゃあ、どんな心境でいるべきか?
その見当がつかないから、普通にしていた。
普通にしているつもりで、1人の時に「上手くいかなかったら?」と考えてしまった。
何故こんなにも不安になるのか、病んだことにも原因はあるが、今の連れとの結婚を考え始めたからだと思うのだ。
しっかりしなければ、自立しなければ、お金を貯めなければ、逃げては駄目だなどと自分を知らずに追い込み、戦わせようとしている。
結婚するには自分の努力が8割だろう、と踏んでのことだった。
でなければ、どうしてこんな存在と今後の人生を共にできよう。
連れとは、一緒に住むことや、犬を飼いたいことなど話し合っている。
和やかに家事は分担できるし、喧嘩になりかけても話し合いは可能だ。
少なくとも、わたしはあの人に尊敬できる部分を見い出せたし、自分の欠点をあの人と一緒にいる為に治そうとしている。
そこまでできるのは自分の中でも嬉しい変化なのだが、不安もあった。
いくら家事を分担できようが、欠点を治そうが、金銭でも精神面でも自立できてなきゃ駄目なんだ。
その自立が懸かっているのが、今回の派遣だ。ここで踏ん張りが効かなければ、わたしはあの人の元から去るべきなのかもしれない。
不可視の仲間は、ただ見守る。
いつでも共にあること、僕が頑張ろうとしていることを知ってくれている。
本当は変わっていくことを恐れる僕のことを、僕はちゃんと知らねばならない。
変わることは怖い。でも、変わらないことはもっと怖いのだ。
見てみたい景色があるなら、変わらずにはいられない。
2016/10/16
日常
薬が切れて、国保の保険証が来て、買ったはいいものの副作用に悩んで飲まずに2週間は経ったろうか。
目に見えて変化が起きているために、薬を抜いたら正常にすら戻れないものかと、少し悲しくなる。
飲んでいるのは、ジェイゾロフトとソラナックス。
以前も飲んでいたその組み合わせを、6月からまた飲み始めた。
そうすると、少しは感情が抑えられる。辛いことも、死にたくなるような悲しいことも、とりあえず置いておこうという気持ちになる。
以前はそれが薬に騙されているんだと思えて、すごく嫌悪感を抱いていたのだが、前回のお店で人に迷惑掛けまくった時に「そんなこと言ってる場合か」と、やむなく飲み続けることとなった。
自己判断でやめたら、ロクなことが起きないのだ、精神安定剤の類は。
そんでも、このジェイゾロフトによる性機能の障害に少し悩んでいて、飲み続けることに抵抗があった。
本当は飲まずして、落ち着いた人格を形成したかった。
性機能障害に因って、今の連れと争ったことはないけど、自分が物足りない気持ちになっているのは事実だ。
しかし、連れにとっては、そこよりも寧ろ薬を飲む前の感情過多なところに手を焼いていたようだから、こちらとしても文句は言えず、薬を飲むしかない。
薬を飲んでいれば、生理前症候群の症状も和らぎ、連れに迷惑を掛けることもなかった。
が、薬を飲まないこの2週間ほどで、以前の状態に戻ってしまったようだ。
先日の地元の祭の人混みにものすごく苛立ち、些細なことでも声を荒らげてしまい、就職だ将来だと母親と言い争いにもなって、その話の片鱗が出ると、ものすごく苛々する。
そして今も、変換が上手くいかないスマホに苛々し、書けないことに苛々し、そんな苛々に左右される自分に呆れる。
そうして、自分は薬を飲まなきゃ普通の状態でいられないのだなーと自覚し、落ち込む。
こんなんで結婚とか出産とか、夢見てんじゃねーよって思うのだ。
僕はもう薬に因ってしか、自分を抑えることができないのだろうか。
少しは自分で自分を制御できたら、楽になると思っていたのに。
今まで薬で誤魔化されて見えていなかった部分が暴れだしたが如く、感情が爆発する。
それを抑える為にか、殺意や色欲が頭をもたげる。
その姿は、確かに元々の自分に近い。
その姿を認める度に、普通の幸せなんて遠い夢の中の出来事なのだと思える。
僕は幸せになっていい存在ではないんだよ、と言われているみたいだ。
苛立ちが、不安が、羨望が、ないまぜになって僕を見据える時、そこにはいつも戸惑って何もできない僕が居る。
抗うことも以前なら考えていたのに、今は何もできない。結局、薬を飲むしかない。
とはいえ、こんな凶暴な面を晒すことを望む人が居るだろうか?
このままだと薬も過剰に飲んでしまいそうだ。
そんなに凶暴な本性なら、しまっておいた方がいいのではないか?
それは「嘘を吐いている」のではなく、「普通の人になる」だけのことなんだ。そう信じるしかない。
首にまとわりつく髪も、食べたのにすぐ減るお腹にも、苛々は臨界点を越す。
連れに相談したいけど、余計な心配は掛けられない。あんまり呆れられて、離れていかれるのも悲しい。
そこで我慢をしたら、関係は変わってしまう。悩みすぎてしまう。
やはり薬を飲むしかないのだ。死にたいのなら話は別だが。
紅弥もセレナも心配そうに見ているけど、どうにもできない。
薬を飲まない方が自然体だから、いろんなものを身近に感じる。それだと感情も受け入れ過ぎて、辛いんだけどね。
薬、薬、そればかりが僕を閉ざす。
2016/09/30
日常