忍者ブログ
ふらみいの、とうかの、言葉吐しと成長録
http://www2u.biglobe.ne.jp/~pengin-c/test.htm

というのを、初めて知った。こんなのあるんだ。へー。

最近、お店の店長相手にどうしようもないぐらい苛々して、店頭で泣きたくなったり、暴れたくなったり、だんだんと自分を制御するのが難しくなってきた。
なんだろうな、相手の言うことがいちいち勘に障るし、やることも勘に障るし、今では存在そのものが嫌になってきてしまった。
同じ空間に居なければ、こちらの人生の貴重な時間を侵害してきさえしなければ、生きていても死んでいてもいいのだが。そこらへんは他者に感じるものと同じだよね。

それもこれも、先日、大荒れとなったシフトの件で一気に嫌になってしまったのだ。
新しい人を雇うにあたり、こちらのシフトを削るという内容で、勿論、反対したし、「月8日休み、フルタイムで働きたい。そうじゃないと生活費がきつくなる」と理由も述べた。まぁ、その辺りは話さなくても、容易に解ることだと思うけど。
ただ、店長は僕が実家住まいだから、金が無くなってもどうにかなるだろうと思っている節がある。

そこがめちゃくちゃ腹立たしいんだよな。誰もが実家住まいだからって、甘えさせてもらえるわけじゃないんだよ。働かざる者食うべからずって言うだろうが。お前とは違うんだよ。
そう思って、何度もその話は念押ししてきたんだ。金銭面で苦しくなると心が荒むし、カウンセリングに行けなくなる。

その話の後、店長は1人だけ、フルタイムで雇った。(それも店長のミスで辞退になって、扶養内を1人雇うことになった)
んで、こっちに連絡を寄越してきたけど、「私も貧乏暮らししてたし、話が解らないなんて思わないでね。どんなシフトになっても現実を、見てください」と来て、憤慨した。
伝えたいこと1㎜も伝わってなくね? 現実を見てくださいって何だ、お前がシフトを削るのに何でそういう言い方ができるんだ?
こんな苛々することが、実は前回の聖剣ライブの時にあったんですねー。いやー、苛々しましたねー。
なんだこのやろうって気色ばんで、でも冷静になろうと思って、「後日、詳しく聞かせてください」と言ったのに、何が気に入らなかったのか、説明が一切無かったですねー。
恐らく、僕と話をすると、いつも「これはどういうことですか?」「何でこうしたんですか?」て訊かれるから、嫌だったんでしょうねー。何も考えずに決めているだけだから、中身を聞かれると答えづらいんでしょうねー。


もうね、ここまで日本語もまともに話せない、責任能力も無い、単純に馬鹿、相手が何をどう感じているかを考えることができない人なんて、居るんだね。サイコパスとはまた違うよね。
言葉を選ばないで言わせてもらえるなら、発達障害だって言われた方が納得できる。マジもんのアスペルガー症候群なんじゃないかって思うんだよ。

そこで冒頭のページが出てくる。サリーとアンのテストってやつだ。
これ読んだら、合点がいった。店長はこれ絶対に「アンの箱から開ける」て言うだろ。目の前の事実しか解らないだろ。
店長を見ていると、木を見て森を見ないとか、他人のふり見て我がふり直せとか、すごく思い出されるんだよ。
何で相手がこう思うんだろう、どうして自分はこう言われるんだろうってことを考える土台が無いんだよね。だから、考えられねーのかよ馬鹿じゃねーの!? って言われても、怒るだけで終わっちゃうんだよね。
だって、無いものは無い。それが悪いことだとも思っていない。そもそも、「無い」!!!

だから、期待するだけ無駄だと解りました。彼女に態度や考え方の改善を求めるのは無駄です。
無いものを捻りだせって言われても、無いもんねぇ。今の自分で満足しているんだもん。そらー変わる気無いよね、周りは遠ざかるだろうけど。
的外れな物言いしかできない、頭の中で整理してから話すことができないってのも、学習障害の一環だと思っています。だから文章を打っても、助詞も接続詞もくっちゃくちゃになっちゃうんだよね。

こんな人を店長にした本社の気が知れないよ。
っつーか、こんな人でも店長になれるとか、本当に奇跡だな。何で暫定とかにしなかったのって、1年経ってまだ思うわ。


いつかのサイコパスの時と同じで、違う次元もとい世界の人です。理解しあおうっていうことが、そもそも無謀です。
同じ人間で、同じ言語を遣っていても、理解に苦しむ人ってのは多少なりとも存在するけど、今回はその比じゃないです。正直、もう関わりたくないです。どっか行ってくれ、頼むから辞めて。
彼女が辞めてくれると、今の副店長が店長になって、僕が副店長になれます。全て丸く収まります。
店長が今後も店長で居続けるのなら、テストとかやってほしい。それぐらい、基本的なことを全部すっぽぬかしてきちゃった人だもの。同情できない。


自分を制御できなくなったら、どうなるのだろう。物壊したり、泣いたりするんだろうか。
店長を呪って話が済むものかね。済まないだろうね。
けど、ここ何日か、お店の中に妙なものが居る気がするんだよな。呼んでいるのかな。
彼女を餌にしてくれればいいと思います。
PR

きっと大丈夫になると思う。

年が明けたものの、12/31が仕事納め、1/1が仕事始めだったから、今がいつってことは業務的な面でしか認識できていない。
H28なんだよね、そうだよね。その1月に入って、早くも1週間が経ったんだ。

恋人様は故郷に帰っていたけど、5日には戻ってきました。
おみやげもらって ほくほくです。
でも、元気に戻ってきてくれたから、話をちゃんと聞いてくれたから、それだけでもいいんです。

まだ付き合って1ヶ月も経っていないけど、距離をじりじり詰めておる。
慎重に進んで、お互いを知れば、取るべき道が見えてくる。

僕は向こうを完全に信用している。
疑う余地が無いのだ、吾らふたりとも辛い目に遭い、不信感を持ち、それでも人間に期待して ここまでやってきた。
似た者同士だから解ること、言えることがある。
そんでなにより需要と供給の合致率がすごい。こうしようねってことで言い合うことが、全く無い。
それもまた、ふたりを結ぶトラウマや似たような辛苦の思い出があるからか。

もう少し大事に育てたいが、いずれは話さなければならなくなるのかな。
現実的な視点から、恋人のことを大事にしたいと思うのだ。
その思考は、今の人だからこそ持ちえたもの。良い影響を与えられている。

逢えない間の悲しみなど、幾許も無いだろうに。
それでも心配になって、不安になって、明日もまた生きていてくれるだろうかと思ってしまう。
ちょっと臆病すぎだな。


こまめに会って話したり、お互いに安心できる時間を作ります。
それもまた良い影響を与えるし、僕も安心するし、上手くやっていけると思える。

人の身体って便利なのに、或る一点では本当に不便だなぁ(´・ω・`)

歳を経る毎に、特別なことなど無くなっていく。
明日が来るよ、今日が終わるよ、その隙間に人が差し込む定規があるよ。
それだけのことだと思って、あまり騒がなくなった近年です。

2015年こそは楽しいことがあると思っていた。
けど、繋がっていたものを傷だらけにしてしまい、何とか首の皮一枚で繋げたと思っても、いつ切れてもおかしくない状態になってしまった。
仕事だって続けられはしたけど、今じゃ熱意が薄れて、毎日がまた絵コンテの日々になりそうなんだ。

けど、ともだちとまた繋がることができた。楽しい場所や知らなかったものを、たくさん知ることができた。
あちこち行ったり、話したり、そんなことが特別なんだ。
それから、大事にしたい人間に出逢えた。勇気を出して、やっと掴めた縁なのだと思った。
幸せだと感じた。いつかまた失うんじゃないかって怖くなる時もあるけど、そのひとが居てくれるから解ったこともある。失う時より、ふたりで歩いていける道を探したいと思えた。

失ったものと手に入れたものがある。
それはどっちが優れているとか、代わりとかじゃなく、タイミングも全然違うけど、僕に大きな意味をもたらした。
失ったものはまた繋げる。生きている限り、繋げられる。
手に入れたものとは一緒に歩いていける。大事にするということ、優しくするということの本当の意味が、きっと解ってくる。

去年も一昨年も辛かった。
もうずっとこんなことばかり続いて、幸せだの楽しいだのとは無縁になり、きっとこのまま誰からも忘れられて死んでいくのだと思っていた。
確かに大事にしたい絆はあったし、みんな居てくれたけど、それを見送ることこそが僕の役割だと思って、死んでいこうと思っていたのだ。

それが、たったひとりと逢っただけで、少しは自分の為に幸せになれるかもって思ったのだ。
僕自身に価値は無く、僕の書いた物語にのみ価値があると思ったら楽になれたけど、そこにもうひとつ、価値を生む。
僕が居ることの意味だとか、価値だとか、そんなものを見つけられるかもしれない。
死なないで良かったと、涙が出るほど思えるのだった。

これから先なんて解らないけどね。
それでもいいさ、今のまま歩いていくさ。
抱えていくものをまた書いて、歌って、空を見ながら世界を往くのさ。
何も変わらず、明日が来る。

に、行ってきました。

一日、あっちこっち行こうって言って、入生田の生命の星・地球博物館に行った。
以前行ってからもう何年経ったか解らんけど、天然石の知識が多少なりとも入っていると、序盤の石のコーナーがもう宝物の山を目にしたような感じで、すんごくおもしろい!

僕はやっぱり、アクセサリーなどにされた石よりも、鉱物や原石などの方が好きみたい。
ブレスレットに加工されたものは好きだけど、ペンダントとか指輪とか、そこまで興味が無くなってしまった。それは仕事先の店長のこととか、仕事への熱意が冷めたことにも原因があるけど。
そんなことより、石だよ。そのままでも綺麗だし、可愛いと思えるし、どうしてこの色なんだろうとか、どうしてこの形や模様になるんだろうって、興味が尽きない。
昔は石の展示なんて「古い時代のものなのかー」程度で、すぐに過ぎていっちゃったくせにな。
でも、昔からただの石でも好きだったから、やっぱり原石が良いのかもな。

そこに行った後は、えれんな ごっそでお昼にした。久々に行ったぞ、ここも。
やはりおいしい。そしてクレームブリュレがうんまい。もっと食べたかったけど、お腹すぐにいっぱいになる・・・・・・。


そして、本日のメインは相模湖プレジャーフォレストのイルミリオンだよ。
元はピクニックランドって名前だったね。いつの間にか名前が変わっていたんだね。
記憶の彼方にあるピクニックランドで何をしたのかすら、もう憶えていない・・・・・・本当にいつぶりだったんだろう。

イルミネーションって言ったら宮ケ瀬って印象が強いけど、ここが神奈川で一番多く電球が使われているらしい。
520万個だっけ? すんごいぴっかぴか!




















こんな感じで、どこもかしこもきらっきらです。
最後の写真の一面青いとこはトンネルになっております。目が潰れるかと思いました。

本当は観覧車に乗りたかったけど、上まで行くリフトがすごく混んでいた。
更に、ここは腐っても山なので、着いた18時過ぎはまだ良かったんだけど、夜になるにつれて気温が下がって、ほんっとうに寒かった。
20時の時点で3℃くらいかな! これで21時過ぎまで居続けたら、お腹が痛くなっていただろうな!
そこそこにイルミネーションを楽しんで、帰ったさ。


普段、イルミネーションなんて人混みに巻き込まれるから行かないんだけど、遅れてクリスマスを楽しもうってコンセプトで向かったのでした。
来年は宮ケ瀬かな。それまで生きていたらいいのだが。

以下、ものすごく個人的な話なので、隠します。びー。



やっと行くことができたよ、えのすいのナイトワンダーアクアリウム。
催しそのものは人づてに聞いていたから、今年中に行きたかったのだ。
だけど、ひとりでえのすいに行ける勇気が無く、しかも夕方まで江の島に居ることがそう無い為に、誰かと一緒に行ける機会をずっと待っていた。

で、その人を捕まえることができたので、家の強制参加の大掃除が終わり次第、すぐに江の島に行ったのである。
定期があるからって、小田原まで出てそこから東海道線に乗ったけど、東海道線はえらい高いな!
小田原から東海道線までの料金で、うちから相模大野経由で藤沢行けるぐらいだったよ。しかも、相模大野経由の方が若干、安いよ!


えのすいが17時から異空間に変わる、そんな素敵な催しであります。
光を投影して、魚影或いはスクリーンにたくさんの光が映るのです。色も様々に変わるらしく、そんな素敵な夜が夏からずっと続いていたというのです。
今はクリスマス前ということで、その仕様になっております。


入り口にあったケーキ。ライトアップされていて、まるで夫婦共同作業用。


いつも撮影するところから。カメラがこんなにぶれっぶれだなんて知らなかったorz


入ってすぐの場所。でかい球体がぼんぼんあって、これだけでも楽しい。
まぁ、それなりに邪魔だーって言われていたがwww


同じテラスから夕方の海。この静けさがたまらん。

連れの希望でペンギンショー見て、その後戻った相模湾大水槽でうおゴコロ見て、それから水槽を見て回って、イルカショーも見たよ。
一日にこんなにショーを見たの初めてかも。海月の宇宙は短時間でやってくれるから、よく見るんだけど。
あと、イルカショーはほぼ絶対に見ている。推しているオキゴンドウのセーラーが居る限り!!!


始まったので、しんかい2000の所を見にいきました。さっそく投影されている。


しんかい2000の部屋から、ウミガメの所に出ました。
サンドアートを投影していて、もしやkisatoさん!? と1人で興奮していたという。


相模湾大水槽のところ。この辺りは人混みがすごくて、あまり動けずにこの辺りで鑑賞することになったのであった。


水槽の様子。魚が細かくて、あまり光が映っていないという。


2階の辺り。さんざん邪魔だと言われていた球体に光が灯り、光の橋の上に立っているように見えるその姿は、まるで異次元から見下ろす人の群れ。


奥にある2階へ上がるエスカレーターの近くにあった、今年もやっているよ、クラゲタワー。
シャンパンタワーではあるんだけど、中にクラゲがいるのです。ぜんっぜん近くで撮らなかったけど。


いつもの。チンアナゴはかわいい。かわいい。


ナイトワンダーアクアリウムは、係員さんの説明にもあったけど、物語性のあるイベントに非ず。投影された光を見る、アート鑑賞に近いものだった。
だから、子どもなんて5分もしないうちに飽きちゃって、周りから離脱する子が多かったな。

僕はアンビエントな雰囲気の曲を聴きながらアート鑑賞とか最高だって思えるので、今回の催しはすごく楽しかったな。
子どもや若い人だと、結構きついもんがあるんじゃないかと思うけど、それなら我慢せずに出ればいいと思うし。そんなに無理に解ったふりして見るもんでもあるまい。

で、今更ながら、こういう時に”海月海を聴くべきだったと後悔。
っても、今回はひとりじゃないから、音楽聴いている場合ではなかったけど。
ナイトワンダーアクアリウムの光景と、”海月海”の雰囲気がすごく合っていたので、周りの喧騒が無ければ尚、その世界に浸って楽しめたんじゃないかなぁ、と。
光田さんの作るダンジョン曲は本当、ドツボばかりである・・・・・・。


以下、隠して個人的な話。
変化があった。



<< NEW     HOME    OLD >>
最新記事
忍者ブログ [PR]
 Template:Stars