歳を経る毎に、特別なことなど無くなっていく。
明日が来るよ、今日が終わるよ、その隙間に人が差し込む定規があるよ。
それだけのことだと思って、あまり騒がなくなった近年です。
2015年こそは楽しいことがあると思っていた。
けど、繋がっていたものを傷だらけにしてしまい、何とか首の皮一枚で繋げたと思っても、いつ切れてもおかしくない状態になってしまった。
仕事だって続けられはしたけど、今じゃ熱意が薄れて、毎日がまた絵コンテの日々になりそうなんだ。
けど、ともだちとまた繋がることができた。楽しい場所や知らなかったものを、たくさん知ることができた。
あちこち行ったり、話したり、そんなことが特別なんだ。
それから、大事にしたい人間に出逢えた。勇気を出して、やっと掴めた縁なのだと思った。
幸せだと感じた。いつかまた失うんじゃないかって怖くなる時もあるけど、そのひとが居てくれるから解ったこともある。失う時より、ふたりで歩いていける道を探したいと思えた。
失ったものと手に入れたものがある。
それはどっちが優れているとか、代わりとかじゃなく、タイミングも全然違うけど、僕に大きな意味をもたらした。
失ったものはまた繋げる。生きている限り、繋げられる。
手に入れたものとは一緒に歩いていける。大事にするということ、優しくするということの本当の意味が、きっと解ってくる。
去年も一昨年も辛かった。
もうずっとこんなことばかり続いて、幸せだの楽しいだのとは無縁になり、きっとこのまま誰からも忘れられて死んでいくのだと思っていた。
確かに大事にしたい絆はあったし、みんな居てくれたけど、それを見送ることこそが僕の役割だと思って、死んでいこうと思っていたのだ。
それが、たったひとりと逢っただけで、少しは自分の為に幸せになれるかもって思ったのだ。
僕自身に価値は無く、僕の書いた物語にのみ価値があると思ったら楽になれたけど、そこにもうひとつ、価値を生む。
僕が居ることの意味だとか、価値だとか、そんなものを見つけられるかもしれない。
死なないで良かったと、涙が出るほど思えるのだった。
これから先なんて解らないけどね。
それでもいいさ、今のまま歩いていくさ。
抱えていくものをまた書いて、歌って、空を見ながら世界を往くのさ。
何も変わらず、明日が来る。
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2015/12/31
日常
最近、カウンセリングに行った際に話していることが、主に店長のことばっかりになってきた。
それだけ耐えられないんだろうな、きついんだなって思うんだけど、その話しっぷりから先生が「今はちょっと危なげだから、カウンセリングの頻度を増やした方がいいかも」と言ってきてくれたくらいだ。
自分では夏よりも全然良い状態になってきたと思っていたから、それが頻度を増やすような状態になっていると知って、ちょっとショックである。
店長が以前より仕事のできない人だというのは解っていたけど、もう10ヶ月も経つのに、まだできていない。
けど、僕は店長が仕事できないことを怒っているんじゃなく、できないならできないで、自分の欠点を認めて仕事を頼めばいいのに、それをしないで なぁなぁで誤魔化すことに怒っているんだ。
ブレスレットの修理ができないなら、できない理由を述べて「お願いします」で良いだろうに、理由も言わずにやらせようとするから、ずるいのだ。
「店長にとっても期待しているのね」とカウンセリングの先生から言われたが、まぁ、期待するだろう。店長だもの。期待っていうか、ちゃんと仕事してほしいだけなんだけど。
僕自身も年上に対して劣等感があるから、「そこまで言うんだったら、仕事できるんだよな? そんなに偉そうな物言いができるんなら、素晴らしいもん見せてくれるんだろうな?」って見方が鋭くなっていく。それは年々、強くなっている見方だ。
だけど、友人に話しても「そこまで駄目な人なら気にしなければいい、気にしすぎだ。お前がお前の為に努力すればいい」と言われてしまう。
それに対して、実際にその立場に居ないから言えることなんだって思ってしまう僕は、随分と余裕が無いんだと解る。せっかく話を聞いてくれているのに、友人に神経を逆撫でされているようにしか思えないのだ。
店長のこと気にしなきゃいいって言っても、それが簡単にできないから困っている。
「どんだけ店長のこと気にしてんだよ、好きなのかよ(笑)」と言われても、別に好みの女じゃないし、第一ノンケだし向こう、いや、そんなことよか嫌いではないが好きでもない。
一緒に仕事する人だから、店に居るのがたった4人だから、気になるし、他人事ではないのだ。
他人事だったら笑えるだろうし、僕の言うこともやっていることも滑稽なんだろうな。
小さいことで怒って、ミスも許せなくて、店長に必要以上に期待するから辛くなるのにやめられなくて、それで文句ばっかり言って、仕事への気力を失いつつある。
実際に上司の良し悪しで僕の労働意欲は左右されてしまうので、今の店長に対して失望していると認識できた辺りから、すごい勢いで意欲が落ちている。
今の仕事場が最後で、これからずっとここで頑張っていけたらなーと思っていた。
石も装飾品も好きだから、毎日、掃除しているだけでも楽しかった。
その思いが今はからっからになっていて、毎日、何が面白くて行っているのか解らなくなってくる。
今の立場はパートだから、僕が辞めれば丸く収まるような話だ。店長をどうこうするよりも、僕が居なくなった方が早い話だ。
労働意欲が失せるとどうなるかというと、言われたことしかやらなくなる。
今までは「言われたこと+αの仕事」を心がけていたけど、そんなことをする程の価値を店長にも店にも感じられなくなってきた。副店長とパートさんのことは好きだから、彼女らの邪魔になるような仕事はしないけども。
だけど、そういう「お金の為に働く」ということが僕は苦手で、ずっとそれを続けていると、「何でここに居るんだろう」「こんなことの為に生きているんだっけ」と考えてしまうようになる。
稼ぐだけだったら、前の給湯器の受付でも良かったんだ。あそこは正社員だったし。
今がパートでもいいって思えるのは、好きなことを仕事にしているからだ。けど、その内容に魅力を感じなくなってしまったら、何を糧に仕事をすればいいのか解らない。
テキトーにやるだけの仕事に自分の時間をこれだけ割くのか、と嫌な気持ちになる。総じて、我慢が効かない。我慢しなきゃいけない理由が無い。
そうやって考えて、それじゃだめだって言い聞かせて、ジレンマに陥って辛くなる。死にたくなる。
意味のないことを続けるのは苦手だ。先へ続くことが無いのなら、続ける意味なんて無いんだ。
たかが仕事、金を稼ぐ為のこと、それなのにここまで考えてしまう僕が悪い。これは病気だろうか。
皆、それを乗り越えて稼いで、自分の自由を勝ち取っているのだな。それができない僕は欠陥品でしかないのか。我慢のできない欠陥品は、いつになったらまともに働けるようになるのか。
醒めていく情熱の向こうには、何も無い。
今辞めてしまっては、他の職を探す気力も湧かない。きっと引きこもりになる。
せっかく、良い縁を見つけて、がんばれると思ったのに。それとこれとは関係ないみたい。
寧ろ、良い縁との将来を望むなら、正社員で稼がないと駄目だ。たくさん稼いで貯金しないと、駄目なんだ。
僕にできることは、あといくつ残っているんだろう。
何を言っても言い訳だから、いつかこのくちびるも縫い付けられる。
2015/12/15
日常
今の会社のお店に勤めて、早一年が経ちましたな。
去年の10月くらいが、前の仕事での疲労とストレスが限界で、部長と所長に話をして辞めたところだったか。
あれから既に一年が経っているなんてなぁ。まぁ、でもそうか、いろんなことあったもんね。
そんで一ヶ月後かな、11/25に今の会社のお店へ初出勤。
鎌倉へと意気揚々、仕事に出ていたのであります。
小田急、乗り換え、東海道線、八王子線と、忙しい路線ばかりだった。
鎌倉での経験は今も活きております。
あそこであったことは辛かったし、悲しくなったりしたけど、話せる相手だったから、まだ良かったんだよ。乗り越えられると思えたんだよ。
今の箱根の店では……?
いやーーーもう。まずもう、ね、もう。
言うなれば「クソみたいな大和」だよ。あんなに可愛いのにステ値がそこに集中しすぎなんだよ。
大和がクソだなんて有り得ない。つまり、それぐらい有り得ない相手が居るということです。
悪い人ではないよ、うん、そうだろうさ。
だけど如何せん駄目だろ、店長には向いてねーだろ。
それを何度も上に相談しているのに、具体的な対策もとってもらったのに、効かないとか、どうなってん! なんなん!!
この先、彼女と解り合えるとは露ほども思えませんので、ハッキリ白黒つけたい。
でも、それは駄目なんだってな。
僕の狂気を一撫で、二撫でしてください。
きっと今より花が開く。
2015/11/25
日常