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花園神社の酉の市2015


というわけで、今年も行ってきたよ、酉の市。
これもそろそろ自分の中では恒例行事のようになってきたな。

11月は酉の市というものが開かれる。
調べてみたけど、諸説あって解らなくなってしまったよ。
昔の農民が収穫祭をやったことと、ヤマトタケルの戦勝祈願にちなんで行われる祭りということでいいのかな?
毎年行っているのに大した起源も知らないようでは、強面のおじさん達に顔面を潰されてしまうよ。
でも、これ間違っていても叩かれるよな。合っているのかな。

それはともかくとして、行ってきた。
この酉の市に行く最大の目的は、もう日本に一軒だけになってしまった見世物小屋を見にいくこと。
何で知ったか忘れたけれど、数年前に蛇を食ってみせた小雪太夫を一目見たくて、ここに毎年通うようになったのだ。

しかし、待てど暮らせど彼女が出てこないので、もう引退されたのかもしれないなぁ。
まぁ、そんなに長くやれる職業でもないだろうし(何と言っても体当たりだから)、世代交代も仕方ない。
小雪太夫の後はアマゾネス・ピョン子ちゃんが入ったんだけど、今年は彼女も居なかったのだ。
去年と一昨年に見た、扇風機の刃を舌で止める芸がすごかったんだけど、それで何かあったのかと心配になってしまう。無事だといいけれど。




異世界への入口。
この光景に、初めて来た時は心躍ったもんだよ。
日常と日常の間に現れた、非日常。そんな感じ。



その近くにある、新宿ゴールデン街の看板。
ステッカーがいっぱい貼られているけれど、それなりの高さがある看板なのに、どうやって貼ったんだべな・・・・・・。



齋藤芽生さんの絵を彷彿とさせるこの街並み。
或いは、彼女がこれを知っているのだろうか。
べつにここでなくとも東京の下町といった風景は他にあるのかもしれないが、僕はこれしか知らない。




ちょっと薄暗いけど、この静けさが夜になったら変わるのだろうなと思えて、好きですな。



とある店のにゃんこたち。


とある店のエジプトカレー。存在感。



今年も屋台に白蛇ちゃんは居なかった。あの年だけだったのかなー。
こんなことなら、触れば良かった。ご利益云々でなく、単純に白い蛇が可愛かったんす。
そしてクレープを頬張る。うまし。ただ頼んだだけのクレープにいろいろ刺さっていた。おじさんやさしい!




そして本命の見世物小屋。中は撮影禁止ですので、外だけぱちりこ。
この看板とか、毎年描いているのか。うーん、力作。


見世物小屋の起源が書いてあったので、ぱちりこ。
こんなにも長い歴史があるのに、今では日本に一軒かぁ。
まぁ、やることがやることなんで、批判されたら一気に潰されそうです。
とはいえ、伝統芸もあるのだし、潰れてほしくないなぁ。
来年も行きますよ、おかっぱ様がきっと悪食を披露してくださる。

内容は見てのお楽しみです。楽しみ方が去年とは違ったけれど、あの空気がやっぱり好き。
今日行ったのは一の酉で、まだあと二の酉、三の酉とあります。
17時半から夜中の2時くらいまで、ぶっとおしでやっているとのことです。倒れませんよう!


しかし、800円てやっぱり安いよな、良心的だけど・・・・・・。


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2015/11/05 日常 Comment(0)

思い出と学舎


今日は友人に誘ってもらえたこともあって、母校の学祭に行ってきた。
そこで在日ファンクなる方々のライブもあるというので、合わせて行ってきたのである。

母校を出て7年は経つだろうか。
全く近寄ることのない場所だが、久々に登下校の道を歩いてしまった。
なんかこう、郷愁の念とでもいいますか、ふしぎな感じね。


ここが何度も歩いた川辺の道。
朝早くからここ歩いて、何人も抜かしていったなぁ(´ω`)


そして坂を登って、ここに着く。
構内には新しくなった場所が幾つかあって、そこを見ると自分の通っていた時の面影なんて無いもんだから、別の学校に感じるけど、この景色だけは変わらんのだなぁ。


パレストラで行われた、在日ファンクのライブ前。結構でっかいステージだった。

在日ファンクはジャズ要素を取り入れている、パフォーマンス多きバンドさん達だった。
メンバー7人居て、3人くらい卒業生なんだってね。おぉー。
ノリの良い音だったので、ずっとゆらゆらしてました。ライブって良いよね。

ライブの後は、サークルに居た時にお世話になった先生と在日ファンクのトークショーがあったので、それも聞きました。
この先生がなかなかに率直な物言いをなさる人で、いや本当にこの学校の先生らしき人よのーって思います。

僕が居たゼミの先生はもう定年で、この間の3月に居なくなってしまったらしい。
会えたら会ってみたかったんだが。こっちのこと憶えているだろうか。


しかし、久しぶりの母校は新鮮だったな。
学校ってのは、その時に居る子達のもんだと思うから、もう部外者になった自分がぷらぷらしてるってのは不思議だけど。
でも、確かにこの学校に居たし、いろんなこと経験できたんよなぁ。あの場所、この場所に思い出がある。

僕は学校という場所があまり好きじゃないし、小学校、中学校、高校とロクな思い出が無い。
一生もんのともだちはできたけど、それ以外は嫌いなことばかりで、嫌な人達ばかりだった。卒業できて清々したわ。
そんななかで、学校おもしろいなーと思えたのは、大学のみ。
高校も自分で選んだものだけど、大学は自分でも入りたくて頑張った所だから、それもあって思い入れがあるのかも。
この大学に入って良かったなーと思ったもんだ。

変なとこだ、とにかく。
先ず僕に勧めてくれた高校の先生が「あなたみたいな変な人がいっぱい居ますよ」と言ったのだ。
言われた通り、変わった奴ばかりだった。力を持っている奴は進んでいくし、何もしない奴は停滞したまま。
それを見て、大学とは自分が試される場所なんだなって感じたもんだ。

勉強したいことはしたし、できることはやってきたつもり。
まぁ、惜しいと思うこともある。もっと勉強したかったとか、サークルに頑張って居続けるべきだったとか。
けど、それは今だから言えることで、当時の自分は「これが最良で、今の自分にできること」と思っていたわけだから、今更どうこう言うことではないんだ。

今の時期と10年前を思うと、けっこーきついものがある。
大事なものを手に入れて、その後ずっと一緒だった。
まぁ、いろいろやらかした。けど、許してもらえた。好きなものは好きだと、はっきり伝えられたのだ。
今は袂を分かち、何をしているかは知らないが、幸せになってくれているといいなぁ。
その結末も、やはり知らなくていいのだ、僕は。
そんなことは僕に関係なく進む物事で、あの子が下手やらかす筈がないからね。

…たまに、戻りたいような、会いたいような時もある。
一番、僕を大事にしてくれたひとだしな。僕も大事にしたかったのに、ちゃんとできていなかった。
冷えた手に驚いたことも、まだ憶えていたりする。女々しいものだ。

随分と遠くまで来たんだなぁ。あれから10年も経っちゃったんだ。
次は来世で、また会えたら会いましょ。今世ではもう会えない。
それでも笑っていられるのは、その子と過ごせた時間のおかげなのでしょうなぁ。


ちょっと、落ち込んでいるのかな。
大丈夫、僕には僕の世界があって、それは少しずつ形を変えているけれど、生きていたら必然なんよ。
描きたいものの為に書く、歌うことが、今の僕にできることよ。

何かしたい。始めたいのだ。

2015/11/01 日常 Comment(0)

TOWA2015/ゆず



というわけで、行ってきたんだぜ、横浜アリーナ。

今日は、ゆずのTOWAのツアー初日。
以前、鎌倉の店で少しだけ一緒に働いていた娘が居て、その娘の友人がチケット取れたってことだったので、連れてってもらったんだ。
その娘とはそもそも2回くらいしかご飯行ってないし、その友人っつったら初対面だからね!
なかなかハードルたけー初ライブだったね!

そう、初めて。ゆずのに来たのは初めて。
いつもチケットなんて取れないし(会員ではないしなぁ)、ゆずは好きだけど生活の中心にするほど好きなわけじゃないから、真性からしたら「このにわかめ!」って感じなんだろうけどなー。

わたしがゆずを好きになったキッカケはまぁともかく、中学で聴いて以来、アルバム聴いたりシングル追ったりはしていたな。
岩ちゃんの高音に憧れていてね。
あとわたしがハモラーだから、ゆずのハモリが気持ち良くてね。
それが生で聴けるってんなら、行くっきゃないのさ。

それで冒頭のアリーナ内部なわけだが、あれだけ見たらサンホラの公演みたいだな!!(・∀・)


じゃーーーん


今回はアルバムを出す前にライブで新曲を披露して、みんなで作り上げていくアルバムってコンセプトがあるらしい。
確かに、普通はアルバムを聴き込んでからライブに行って、アレンジとか生音を楽しむもんね。
初めての試みってことでしたが、結構楽しめました。とにかく新鮮。

それに、2人がのびのびと歌っていて、それを見られただけでも来た価値はあったな。
中学の時から聴き始めて、時に泣いたり時に笑ったりしたあの歌この歌を作った人達と、同じ空間に居たのか。すごいなぁ。

向こうはわたしなんざ知りようもないが、わたしはずっと知っていた。
テレビとかラジオばっかりだがな!
それが生の姿を見られたんだ。
CDでいつも聴くのと同じ音。プロだからそれが当たり前なんだろうけど、やっぱり感動するなぁ。

あっ、昔の曲も聴けたよ!
“少年”、“夢の地図”、“友達の唄”、“ルルル”など、なかなかにくいところを歌ってくださった。
最近のだと“REASON”とか“慈愛への旅路”かな。

新曲も披露していただいて、そのなかで覚えているのは“みそら”って曲だな。
今日も君が居てくれることに、ありがとうねって感じの歌詞がツボだった。

君が居る、君が生きている今、11文字の伝言……(ゆずとサンホラが手を組んだらいいのになぁ)

ライブ初参加だけど、楽しまなくちゃ損だわ! ってことで、手拍子ばしばしやって、友人がタオル貸してくれたから“T.W.L”の時に振り回して、満喫しまくっていたな。
手拍子とか、最初ははずすけど、だんだん合うもんだ。


これはライブ終了後に出てきたやつっすな。
今日は結構、短めの方だっ
たらしい。残念。まぁ仕方ないか。また来られるかな?


ライブに行ったら必ずTシャツを買うんだ。
タオルは今回いいやーってのけたけど、あんなに振り回すんだったら買っておけば良かったな。
ライトは大丈夫、絶対に買うと決めていた。

TOWAのアルバム、今から楽しみだなぁ。
これでまたゆずを聴いて嬉しい気持ちになりますな。
新しいこと、始めていかなきゃなぁ。




……まぁこれで終われば良かったけど、ちょいと残念なこともありまして。
もうライブの余韻が完全に失せた。ありゃないわー。

それを通して、自分がどれだけ最低なことをやったのか、またわかりました。
良い経験値を積みました。
もう絶対に、不機嫌になって黙って空気をぶち壊すのやめるわ。話すわ。


次は純粋にゆずが好きな人と一緒に行きたいかなぁ……(´・ω・`)

2015/10/24 日常 Comment(0)

心で感じること全てに自分が居るわけではない


何の話をしているんだか、よく解らない。
でも、そういうことなんだって、最近思えるようになってきた。

誰かが僕を抜きに遊んでいる。
でも、それは僕を傷付けるようなことではない。

誰かが僕を抜きに話している。
でも、それは僕を傷付ける為ではない。

誰かが僕を抜きにして幸せになっていく。
でも、それは僕が傷付く為に行われることではない。

そんなふうにして、少しずつ周りの事象と自分とを切り離すことを始めている。
最初の頃は「そんなことしても無駄じゃないかな」とか、「寂しいことに変わりはないのに嘘吐いて誤魔化す気なのか」とか、いろいろ思ってしまったんだけども。
周りの人間に起きていること全てに過敏になっていると、何が大事で何がいいのか解らなくなってくる。そもそも、そんなに難しい話ではなかったのに。

言うなれば、関わり過ぎた。過干渉だったのだ。解っていたのだろうか、それを。
確かに、寂しいとか悲しいとか思うけど、それが攻撃的感情に転化するのは、見捨てられ不安から来るものだった。
捨てられる前に捨てろ、裏切られる前に裏切れ、壊される前に壊せ、そうなった後の責任なんておまえよりも僕の方が取れるのだから、と思わずにいられなかった。
実際にそうなった事案はほぼ無いけれど。皆、土壇場で理性が働くものらしい。

僕を傷付けるのは、いつだって僕だ。僕の記憶や影ばかりだ。
一度しか言われなかった悲しいことや辛いことも、時間が経てば風化していく。
でも、忘れてはいけないのは、言われた内容ではなく、何故それを相手が言ったのか、その時の自分はどう感じてどうしようと思ったのか。
外側の枠をいくら大事にしたところで、中身の本質を理解したってことにはならないから。

まだ辛く感じる時はある。僕が居ない方がいいのかな、他の人とは行くのに僕は誘ってくれないんだな。
だけど、それは風に流してしまうに限る。心の中にいつでも風を吹かせて、停滞したり腐敗しきらないよう努めるに限る。

頭がまた一段階可笑しくなった僕の言うことには、守護者に加えて、鎮守府や本丸の面々の姿を借りて、誰かが話に来るのだ。
気付けば、その話を聞いて、その通りだと答え、自分が先ずは吹かれることだと考える。
気が違っているのだと思うけれど、そうやって僕は今まで生きてきた。動けなくなるまで、これでいくつもりだ。

本丸にも鎮守府にも、僕の居場所がある。守護者達がそこに居る。
あたかも、この現実世界から分離する準備のようだ。それでもいいや。
4月から続いていた倦怠感、8月にあった病んだ時に比べたら、随分と楽になれた。


しかし今更、こんなふうになったところで、それまで起こしてきたことは覆せないね。

先日、4月の終わりに連絡が途絶えていた友人と和解できた。
曰く、「ふらみいちゃんの物言いが激しすぎて攻撃的過ぎて、もう話したくないと思ったから切った」。
まぁ、好きな相手にすら呪詛を吐きだせるから、人によっては聞いていて苦しくなるのかな。

その友人は、誰かに対する言葉を気にしてしまうほど、優しい娘だった。
優しいというか、それは人との境界線が曖昧過ぎて、ちょっと辛いと思うけどね。
僕は、誰かが誰かのことをすごく強く悪く言っていたとしても、言葉の裏の感情に当てられても、そこまで挫けたりしない。聞きたいからね、吐き出させないと。
でも、そうできない人も勿論、居る。特に僕みたいな存在を相手に話を聞くと、疲弊する人は多い。だから、僕は僕の話を聞いてくれる人をすぐ気に入ってしまうわけだが。

でも、本当はそれも皆、どこかで辛かったのかもしれないな。
病んでいる時なんて、何を話しても全然からわまりだ。意味が無いって思うだろうな。
病んでいる僕からしたら、「それでも聞いてほしい、助けて」って手を伸ばしてしまうんだけど、相手も同じように心があるし、傷付かないわけじゃないもんね。無理させていたんだな。

だけど、彼女はそれを乗り越えて、僕の話を聞けるようになったのでした。
この半年の間に成長を遂げていたのです。
僕はどうでしょう。成長しただろうか、強くなれただろうか。
今でもまだ辛くなったり、悲しくなったり、怖くなったりするけれど、それを笑って流せるようになってきた。
それは時々、虚しく感じられる。自分に嘘を吐いているのだろうかと思ったりする。
僕は僕の為に、風に吹かれ続けないといけない。

誰の心も自由に受け止めて、そのまま流すことができたらなぁ。
それはきっと、愛していないわけじゃないんだよな。どうでもいいわけじゃないんだよな。
僕はやっぱり君たちと一緒がいいな。



作業用BGM
サラのテーマ / 光田康典『クロノ・トリガー&クロノ・クロス アレンジアルバム/ハルカナルトキノカナタへ』

2015/10/23 日常 Comment(0)

まさかと思った


久しぶりに幼馴染みメンバーの兄、そしてキングとお話してきた。
いつも4人で集まりたいのだけど、それが不思議と上手くいかない。今日は双子の姉の方が欠席になってしまったのだ。
それでも兄と会うのは久しぶりだから、楽しんでこようと思って向かったのだが。
ここで話していても死にたくなってしまったのかと、ショックを受けた。

兄が妊娠していることを初めて聞かされて、「おめでとう」と言えたものの、心の底から言えていたかどうか定かではない。
また自分のことばかりで申し訳ないが、心の底から「おめでとう」を言えない心境が続いている。どうしても、子どものことになると敬遠しがちになってしまう。
兄から言わない辺り、あまり報告する気が無かったのかもしれない。

幼馴染みメンバーだって変わりゆく。そのことを寂しく思って、大阪の子に泣きついたこともある。
さて、今はそんな相手は居ない。寂しくなっても、悲しくなっても、辛くなっても、誰にも頼ることができない。
それは僕の所為で訪れた環境で、僕はそのなかで自分を奮い立たせなければならないのだ。

だけど、今、あまりにも何も考えられない。
死にたい死にたい誰か助けてと思いながら帰ってきた。このまま家に入れば、また死ぬ機会を失うぞと悲しくなった。
気分だけの絶望なのだから越えなければと思う自分も居る。しかし、これ以上、生きていく必要はない、もう死んでいい要因が揃ったではないかと思う自分も居た。

どうしたらいいのだ、これは。気分の上下が激しすぎる。
それに、今、死んだところでまた後悔するのだろう。死んでいても生きていてもいい存在は、誰かに存在を肯定してほしくて足掻いている。でも、まだ何も為していない。そんなことじゃ誰からも認めてもらえないのだ。
誰かにそれを知ってほしい。辛くても苦しくても生きているのだということを、誰かに知ってほしかった。大阪の子にだろうか、幼馴染みにだろうか。
僕はいつも誰かに話しかけている。誰かに応えてほしいと願っている。

仲間なんて居ない。いつも繋がっている仲間なんて、どこにも居ない。
死ぬ時に思い出せるような顔だって、もう無い。ひとりで死んでいくし、誰にも思い出してもらえない。
認めてほしいけど、今すぐになんて無理なんだ。そう解っていて、何故まだこんなにも死にたくなるのだ。
僕は仲間が欲しかった。人間の仲間が欲しかった。どんな時でも、繋がりを信じられるような仲間が。
だけど、今の僕がそう言ったところで、嘘にしかならないのだろうか。僕はまた間違えているのだろうか。僕はそういったものを望んでいい存在ではないのだ。

死にたい。死にたい。何度も口走るが、実際に何をしたらいいのか解らない。
誰にも会いたくない。誰かに助けてほしい。自分で立ち上がらなければ意味がない。もう生きていくのは嫌だ。もう辛い目に遭うのは嫌だ。死ぬ直前に思い出せる顔を憶えておきたかった。誰かに憶えていてほしかった。誰かにじゃない、自分の好きな者達に憶えていてほしかった。
僕は誰にも憶えていてもらえず、何も果たせずに死ぬだけの負け犬なのか。それでいいのか。あの子に認めてほしくて、でもあの子には仲間が居るのだ、僕など必要ないのだ、それは幼馴染みとて同じだ。

僕はこんなにもひとりなんだな。それをまるっきり気にしない人も居れば、僕みたいな弱い奴は気にするんだな。
どこに行けばいい、誰と会ったらいい、僕にできることなんてあったっけ。
死にたい。死にたい。それだけが僕の理性を繋ぎとめることばのように感じられる。

まさか幼馴染みと会うというのに死にたくなるなんて、思わなかった。
それは精神が病んでいるからなのか、僕が弱い所為なのか、解らない。
あの子に電話したいと思ったけど、もうそういうことで電話できないんだ。辛いな。聞いてほしい。また言ってほしい。でも、僕に対する意識や接し方が変わるなら、こんな話をしても鬱陶しいだけかもしれないな。そんなの、ともだちじゃないな。

僕はみんなのともだちでいたい。いさせてください。
人でなければ、それはできますか。僕がこの姿じゃなければ。
助けてほしい。そう言う前に先ず自分で頑張らないといけないんだけど。
僕はもう歩けないのか、どこを歩いているのか。
眠り続けて、この世を去りたい。

2015/08/29 日常 Comment(0)

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