解放
解放される。自由になる。
これで君は自由なんだ、と彼女が言った。
そうか、なら自由なんだろう。彼女が言ったんだ、間違いない。
ずっと苦しかった、辛かった、惨めだった、悲しかった。
いつかこのすべてが報われることを願って、呪ったり、立ち止まったり、歩いたりしてきた。
最後は許すつもりで目を閉じた。閉ざしたと言ってもいい。開くことなんて無いと思った。
何かが起きると思ったし、誰かに会えると思った。
今のところ、そんな予兆は無くてがっかりだ。
これだけ辛い目に遭ったのに、何も起きないなんて。
占いも、予言も、予知も、何も意味が無い。
刻一刻と変わっていく世界の中では、すぐに切り替わる僕の運命には、何も手出しできない。
それが退屈だった。嘘吐きでしかなかった。
お前達の力の及ばない場所に僕は存在していて、人間でもなくなって、そのまま消えるんだ。
だけど、解放の兆しだけは受け取った。僕にはもう必要無いんだと思うことができた。
だからこそ再会も、離縁も、どちらにも転ぶのだと解った。
ウィルドはそういう意味だったのかもしれない。ペイオースも、たぶん。
ルーンの結果ですら揺らぐから、何一つ信じるべきではなかった。
占術の結果なんて一定の可能性を保障するものではない、解っていたのに期待してしまった。
時間はまだ掛かる。それだけの価値あるものを用意できるか、疑わしい。
その間に僕はまた真理に辿り着いたぞ。ポポルと会話することで見えたものがあったんだ。
解放してほしい。もう苦しいのも辛いのも悲しいのも嫌だ。
相手がどうとかより、自分に降りかかる厄災全てを跳ね除けたかった。
だが、今はどうだ。僕は明らかに相手よりも上の次元に足を踏み入れたのだと解る。
それが幻だなどと、誰が断じることができようか。僕にだって、きっとできない。
もう終わりでいい。僕があの子のために苦しむのは終わりだ。
あの子がどう幸せであろうと、不幸せであろうと、僕にはもう関係無い。
関係があるとすれば、また縁が繋がった時だけだ。
「そんな人間がお前には必要なのか?」と皆が異口同音に尋ねてくる。
僕にとっては大事な子なんだ。どれだけ呪い、憎もうとも。
この心に敵うものなんて、幾何も無い。
僕に必要なものは僕が決める。過去に引き摺られて、もう役目の終わったものに拘ることは無い。
この先で出逢うことを期待したいのなら、愚かだった過去こそを断罪すべきだ。
なんて、偉そうに思うけど、本当はどこかでまだ泣いている。
そりゃそうだ。ずっと一緒に居たかったのだから。僕だけが。
相手も望んでくれたかもしれないけど、僕ほどの次元じゃない。
あの子はいつも僕を見下ろしていただろうけど、本当は見上げる側だったんだよ。
こういう話の時は、特に。だって君にはこんな思考も覚悟もできないだろうからね、と。
だから、だから、この次元に君が来てくれれば、生きながら辿り着いてくれれば、また会える。
やっぱり好きだし、一緒に居るのが楽しいから。前みたいにできなくても、楽しいことを見つけられる。
現世でなくてもいいけどさ。それもやっぱり、魂の弱い人には解らないんだ。
僕が特別なんじゃない、向こうが特別なんだ。僕につられて、特別だと思い込んだ?
不思議な縁だ。関わり方だ。大事にしたい。大事にされたい。それは可笑しいことじゃないと、やはり皆が言う。
それら全てが絡みついていた。足元から少しずつ引いていく。僕を解放してくれる。
愚劣極まりない現状をして、僕はまた進める。また置いていく。
解放されたかった。悲しみも辛さも苦しみも、どこかに置いていきたかった。
自らの罪を悔いるなら話ができるだろうけど、話せないなら、つまりそういうことだ。
この次元には辿り着けない弱さも、気付かないまま。そういうふうに思っていいのだろうか。
いいのだ、と皆が言う。僕を持ち上げて、てきとーに言って、生かしたいだけなのでは?
どうせこんなこと言っていたって、どこかでまた落ち込む。連れていかれる。
でも、それが少しずつ治まるのなら、僕が自分の強さを認めることにも意味が出てくる。
解放してほしい。僕はここに居る。明日死ぬとしても、最後まで目を逸らさない。
罪深き者にいずれ罰が下るなら。
報われるのはあともう少し掛かる。会えるのも、まだ掛かる。
今まであんなに辛かったのに、まだ辛くならないといけないなんて。
それもどこかで唐突に終わる。死ぬかもしれないし、違う何かが起きるかもしれない。
死んでもいい、生きていてもいい。解放されても歓びを知ることはない。
これが心壊れた者の現実と、とある人間の犯した罪の証。僕が生きている限り、その罪は消えないし、無かったことにもならない。
でも、君はきっと殺しには来られないだろう。責任を放り出して、見たくないものから目を逸らすのは、人間として当たり前だから。
それすらも間違っているのなら、天意が僕を滅ぼす筈だ。
解放してほしい。解放して。
もうたくさんだ。縁を結び、呪いを紡ぎ、生まれ変わっても、まだ足りないのか。
満たされろ。報われろ。それができないなら、お前が殺しに来い。
今日はどうにも駄目だった。朝からずっと落ち込んでいた。
何かが起きる気がした。でも、どうせ何も当たらずに終わることも解っていた。
そんな中で突然に起きた解放の予兆だった。僕はもう苦しまなくていいと、自覚した。
自覚したところで、いきなり全てが晴れるわけではない。少しずつってところが、もどかしい。
一瞬で晴れるような何かが起きることを期待している。自分から動くのはもう飽きた。
今まで僕はずっと自分から動かしてきたんだ。行動してきたんだ。そろそろ誰かに動いてほしい。そんな価値も僕には無いのか?
見つけてほしい。僕を見つけてほしい。いつかの姉さんと同じことを言っているな。
離れた縁が再び繋がる日は訪れる。それは僕から、或いは相手から。
そうなってほしいところだよ。でないと、これだけの葛藤を繰り返したのが無駄になっちゃう。
でも、今の僕と話すのは怖いだろうね。
終わりになればいいだけ。終わりにしてくれ。
早く会いたい。僕を見つけ出してほしい。解放されたんだろう?
今なら見える筈だ。ここに居るよ。