ふらみいの、とうかの、言葉吐しと成長録
としか言えない、不思議な感覚だった。
身内の不幸を聞き、長きに亘った家族の呪縛は一つ減ったことが関係しているのか。
その人間が死にゆく際に何を思ったのか、それに意味はあるのかと考えたら、何かが変わって、終わって、始まった。
それが自分の覚醒となるかどうかは解らない。ただ、何かが変わったのだと、それだけを強く意識している。
一つの呪縛が終わったなら、過去から解放されるのか?
それはたぶんもう終わっていることなのだけど、自分の中で何度も繰り返されているから、監獄になってしまった記憶だった。
何度も繰り返して、現在の自分がどうしてこうなったのかという経緯を知り、また呪われて、どこかに流れ着く。
不毛だけど、幼少期から刷り込まれた小さな社会での出来事だから、今の自分を縛り付けるには充分な脅威だ。それはやっぱり経験したことのある人でなければ、解らないと思う。
その傍ら、思い出に囚われて寂しくなった時にどうするのかという話を、今年に入ってから書き連ねている我が子達で描ききった。
書いている本人も驚くほどの精神力で、昔馴染みの”彼女”はどうすべきかを答えてみせた。
これには相手の男の子も驚いていたが、僕も驚かされたものだ。君は本当に強くなったんだな。
僕は何度も彼女と対話しながら、一本の作品を書き続けた。
しかし、それは現実に振り返った時に執筆が止まってしまい、再開した時は全く違う設定で話を書くことになった。
それは今も続いていて、生涯を懸けて書いていこうと思っている。
止まっている方の話も書きたいのだが、これは続きを書くというより、続きを体験したかった。多元の宇宙の向こうに、僕の帰る場所があると、馬鹿正直に信じているのだ。
今書いている話も、僕の想像が生み出したものなら、どこかに必ず存在する。僕に知覚できずとも、妄想の産物と言われようとも、この世は信じるが勝ちだ。
人が想像しうる世界は全て現実に起こり得ること。僕はそれをずっと昔から知っていた。信じ続けてきた。
そんな強くなった彼女を見て、微笑ましくなっていたところで、この二年で僕の心破壊するに充分だった元凶のことを思い出した。
今も思い出せば辛くなるし、悲しくなる。どうしてこうならなきゃいけなかったんだ、と何度も考え直して、あれこれ試してみては、上手く繋がらない。
そりゃそうだ、僕一人で繋げようとしたって上手くいかない。相手も手を伸ばしてくれないと、上手く繋げられないんだよ。
そんな辛い出来事から、もう一歩遠ざかることができた気がした。
許せば楽になると解っていても、どう許せばいいのか解らずにいた。
それでも僕を助けてくれた子だ、一緒に居てくれた子なんだと、自分に言い聞かせていた。
その言い聞かせていた部分を切り離していく。
それはそれとして、君のことが許せない。僕の居場所を奪った君を許さない。
だからこそ、僕は君を許す。次の場所へ行くため、君とまた再会できた時に力になるため。
確かに救われた。たくさんの時間と経験を共有できた。でも、離れてしまった。誰の所為?
僕の心が壊れても、見たいものしか見なくなっても、現実は無常に流れていくだけだ。
君と一緒に居た時間を大事に持っていく。僕だけの宝物として、君にはあげない。
もう寂しくない。僕はきっと出逢える。それが予感だった。目覚めだった。
何度も考えて、何度も試して、何度も躓いて、何度も呪って、何度も書いたんだ。
そのためにポポルとアシアには随分と協力してもらった。
守護者達には少し距離を空けてもらって、ずっと見守ってもらっていた。
この十年余りで、僕にできることは本当に少なくなったのに、僕はまだ巫子として扱ってもらえるんだ。
まだ痛む、寂しい、苦しい、辛いって思う傍らで、許したい、また話したい、どこかで会えたらよろしくねって気持ちも生まれつつある。
そうなるまで、何回の脱皮を繰り返したことか。何を生み出して、殺してきたか。
それはきっと君にはできないことだ。僕だからできたことだ。そんなふうに考えないと、押し潰されそうになるんだよ。
思い出に痛む心に、ポポルが光を教えてくれた。
過去も現在も全て持っていけと教えてくれたから、僕は切り捨てなくていいんだと思えた。
過去にばかり幸せを求める人だと称されて落ち込んだりもしたけど、捨てなくていいんだよって言ってもらえたのが嬉しかった。
その時、光明を得た思考の中で何かが目覚めた。また予感がした。気配が近付いてくる。
それが気の所為でも何でもいい。きっかけにさえなればいい。
僕が進むのはどこだろう。いつか死んで全て手放す時、惜しくならないように、全力を出せるのかな。
僕は死ぬことばかり考えてしまうけど、後悔するんだろうなっていつも怖がっているから、その恐怖を緩和できるだけのものを手に入れておきたい。
だってまだ死ねないんだもの。死にたくないとどこかで思っている。死の間際に思い出すのが怖くて、死ねないの。
妄言でも吐けば楽になる。言葉を吐し続けると、喉が焼ける。書いてばかりいると、いろんなことが見えてくる。
信じたいものを信じるのは僕も同じ。ただ、目を逸らしたいものも、時間が経てば僕は見られるようになる。そう信じるのは、自分を過大評価しすぎだろうか。
人の死に直面して、自分の人生を見つめ直した時、本当に大事にしたいものが解るのかもしれない。
その時まで解らないなんて、馬鹿な話だけどさ。実感するのは自分の死の予感だ。いつかここから居なくなる時、それまで僕はどう生きているのだろうとか。
生きたくなければ勝手に死ねばいいけど、友人は皆見送りたい。それが関わった僕の責任だと思うから。
思い出しても、何だか寂しくない。どうすればいいのかが解ったから?
ポポルが笑って頷いている。僕とは違うやり方で、君はとても強くなった。
『光の聖剣』では僕の写しである面が強かったけど、『精霊の歌』ではこんなにも強くなっていたんだな。本編にもそれが活かされるように、僕が頑張って書かないと。
あの時間に戻りたいとか、たまに思うことはある。もっと大事にしたかったと思うこともある。
それも全て先へ続く物語のようなもので、過去には戻らず、先へ続いている。
過去にばかり幸せを求めるって評されたのが、だいぶ効いているらしい。そんなこと言ったってしょうがないじゃん。未来に生きたいなんて思ったことが無い。
だから、現実で明日を考えて生きてみるだけでいい。明日は何を書こうか、何をしようかって、それだけで精一杯。
そんな非現実的な生き方しかできない僕を、僕は許す。
ところで、最近書いたものの日付けを見ていたら、先月と同じ日に仕上げていたとか、去年の同じ日に仕上げていたのを見つけて、自分で驚いた。
書きたい時期とか、何かが降りてくる瞬間が決まっているのかしら?
偶然の一致も何かの思し召しと思えば、後に迫り来る危機も寂寞も耐えうるかもしれない。
或いは、ポポルが教えてくれるかもしれない。次の孤独を乗り越える、その言葉を。
まさか二十五年越しに自分の生み出したものに導かれるとは。
それだけのものを書けたんだということで、自分を褒めてあげようではないか。
この符号に意味があると信じられるなら、僕の精神はまだ元気な部分を残しているのだろうな。
ルーンで示されたものに近いから、どうしても期待しちゃう。いいじゃない、それでも。
でも、どこかにまだ憂いが残る。僕はこれでいいんだけど、合っているのかな?
どうでもよくなったわけじゃない、ただ乗り越えただけだと思いたい。
また会える時を願っているから、僕は先に行ける。だといいよね。
この目覚めにも意味を齎して。僕も大事なものは抱えていきたい。
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