ふらみいの、とうかの、言葉吐しと成長録
たぶんそう。どうしてこんなに辛い苦しい嫌だと感じる瞬間が多いのか、ずっと考えていた。
一つは記憶に強烈に刻まれた出来事の数々が蘇ってくるからなんだろうけど、自分でそれを巻き戻して再生して、また巻き戻して、その意味も解らなくなるほど繰り返してしまっているってのもあると思った。
自分を苦しめるのはいつだって自分だ。
もう飽きた。誰かの接待をするのも、話を合わせるのも、自分の話ができないのも、気を遣うのも、選ばれないことも、忘れられていくことも、気にしてもらえないことも、一人で悲しみ続けることも、たくさんの言葉と思考を当てにすることも、飽きた。
でもまだ続く。続けてしまう。こんなもん続けて何になる。
今年の始めは自分の内側を見つめ直して、あんなにもたくさん書きまくったというのにな。あの時みたいに夢中になりたい。
苦しいのも辛いのも、原因は別個にあるけど、ずっと続いているのは自分の所為だ。
切り離せない、忘れられない、忘れたら僕も忘れられてしまう、無かったことにされてしまう、どうにもそれが辛いからまだ抱えている。相手はとっくに下ろして楽になった荷物を、いつまでも。
それが自分の幸福なのかと言ったらそうではない。
なれば幸福の為に捨てよと言われても、どうしてもそれが正しいことに思えない。そうやって自分に都合の悪いものを捨ててばかりいるから、あの子みたいに大事な時に誰かを切り捨てるしかなくなる。傷付けるしかなくなる。
僕はそっち側になんてなりたくない。捨てられたくないし、忘れられたくない。さんざん偉そうな物言いで矯正してきた相手を、自分の幸せの為に切り離すことは、誰もが称賛する正道なのか?
僕にはずっと解らない。だから抱えたまま、苦しいまま。それで辛くなるのは当たり前なんだ。
じゃあ解放されればいいのかって言うと、解放されたらもっと苦しくなる。忘れられる。あの子と同じことをして、自分が楽になる為に大事にしたかったものを切り捨てて、そうまでして生きる先に何があるんだ。
それとも、生きる為には、人間の本分を全うする為には、必要な作業なのか?
僕はそも人間として生きる気が無いから、できない? やらない? 出来損ないのままで、やっぱりこいつを捨てたのは正解だと言われ続けるのか?
苦しみも辛さもいつかは終わると思っていた。その為にいろんなことしてきたつもりだ。
自ら切った縁を繋ぎに行ったり、新しい縁を繋いでみたり、普段していなかったことをするようになったり、起きたことを見つめて文字におこしてみたり。
変わってきたって思える部分はあるけど、根本の辛さがまだ癒えない。こんな短時間じゃ癒えないもんかな。
何をしても無意味とは思わないけど、気が付けば魂が悲しい方へ引っ張られる。もうやめてほしい。僕だって苦しんでいるのに、誰がこんなにも引っ張るんだ。自分自身か。
それもこれも習慣だと、どこぞで話を聞いた。最初に正社員で入った会社だったか。
部長職を引退して嘱託となっていた方が、「人間は習慣の生き物だから、辛いと思う癖があれば辛いままだし、楽しいと思う癖をつければ楽しくなる」ということを言っていた。
原因があるから辛いし苦しいんじゃないかって思っていたけど、現状の自分を見たら認めざるを得ない。
思い出して辛くなるのも、一つの事実に対して抱いた感情が鮮烈で、結びついてしまったからだ。だから思い出すと自動的に悲しくなったり、辛くなったりする。
それを終わりにしたい。死にたいのか。息の根を止めれば終わるか。終わらないような。
こういう時ほど誰かと話したい。でも、聞いてもらえない。みんながみんな、自分の辛苦を抱えて生きているし、話を聞いてほしいと思っているから。
たかだかゲーム一つと言われようとも、僕にとっては辛かった。そこから引き摺られて、自分が壊れる原因となった出来事も思い出した。
きっと今日もみんな、何も気にせず人生を謳歌していることだろう。僕だけが日陰で苦しみながら一人で泣いて、どうにもできない自分を生かすか殺すか考え続けている。
そういう状態からもう脱したと思っていた。解放されるのはもうすぐだと思っていた。
なのに滑り落ちた先がこんなにも深い。苦しくて、息ができない。書いても、描いても、ゲームをしても、自分の不出来さが見えてきて嫌になる。
その不出来さを嘆いているうちに、壊れた自分の傷痕や血の生温かさが見えてくる。そういえば僕は欠陥品だったなって思い出して、それをどうにか否定したくて、誰かと話したくなる。
でも、それは甘えなんだ。もう一人で立てるようにならないといけない。それができないまま、この先を生きていくなんて難しいんじゃないのか。
この歳になってもまだ感じる。何をしてきたんだろう。
息ができない。唯一無二にこのままいけば逢えると思っていたけど、このままじゃ無理だ。
もっと成長しないといけない。けど、どうやって?
というか、まだ苦しむのか。まだ辛いままなのか。いつになったら終わるんだ。
先月は身体が辛くなり、去年は心が壊れた。次に何が壊れるの、失うの。
もうやめてほしいって何度言えば解る。僕が幸せを幸せと感じることはもうできない。
先週はまだ気分を保てていた筈なんだ。なのに、またこんな所に堕ちている。
繰り返して、繰り返して、溜まったものが爆発して、少ししたらまた溜め始めて・・・・・・進歩が無い。
誰か導いてほしい。一人で歩くのは疲れた。何もできない自分に疲れた。
許したい。何もできない自分を、あの子を、許したい。楽になりたい。許さなきゃ始まらないんだってことも解っている。
無駄なこと言うけど、一緒に水族館に行けて、遊べて、何でも話ができて、静かな時間を生み出せて、言わずとも理解し合えるような、そんな唯一無二の関係が欲しい。
あの子と話ができるその時は、僕はもっと落ち着いた人格になっていたい。あの子と以前のままじゃなく、もっと進んだ関係へと成長したいのだ。
それらを可能にできるか否かは、僕の今の忍耐力次第。でも、もう心身の感覚が吹っ飛んでいきそうだよ。頑張るのはもう嫌だ。
そうやって卑屈になって、いじけて、子どもみたいに泣きたい自分を、僕は許す。
また頑張りたくなったらやればいいさ。僕は僕の為に生きているんだから。
また交わる道の先を描く為に、どんな気持ちも無駄にしなきゃいいさ。
とりあえず周りの友人に感謝して、自分にも感謝したい。生きてて良かった、それだけ。
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