ふらみいの、とうかの、言葉吐しと成長録
今日見た夢は、胴体が鬼のような顔で、長い脚を八本だか持った蜘蛛に殺意を抱かれるという内容だった。
蜘蛛を殺そうとした僕のことを彼は大層怒っており、殺られる前に殺れと言わんばかりの勢いで猛追してきたのである。
その鬼気迫る姿はおぞましく、僕はますますこの蜘蛛を殺そうと運動靴を履いた。そこまでは憶えている。
目が覚めてから、いつもの見慣れた存在が居ないことに気が付いた。
思い出深い林の方を探ると、そこに皆が囚われており、夢で見たような蜘蛛が居た。
と言っても、それは僕が踏み潰せるほどの小ささではなく、二階建ての家ほどの大きさだった。
よくよく見ると、夢の蜘蛛と違って顔があり、そこから胴体が繋がって脚が八本生えている。
その威容は妖怪にある牛鬼という奴に似ていた。
そう思って調べてみたら、牛鬼の伝承は主に西の地方にあるもののようだ。
出現場所も「海岸付近」とある。うちは山の麓に近いので、牛鬼が出るにはロケーションが悪いのではないだろうか。
まぁ、それが牛鬼であるかどうかは問題ではない。
その気配を知って僕が思い浮かべたものがたまたま牛鬼だっただけで、奴自身は自分が牛鬼だなどと思っていないのだから。
つまりは姿を借りているだけ。見せるために皮を被ったに過ぎない。
守護者達を一気に助け出すのは骨が折れるが、わざわざ林に向かうのは億劫だった。
向こうも本気で守護者達に害をなすつもりは無く、案外あっさりと拘束は解けて、皆が自由になることができた。
僕は買い物に行くつもりだったので、暫し小雨を止めてもらった。
僕の仲間内で主に天気にちょっかいを出せる子が居て、その子に頼めば少しの間だけ雨を止めてもらうことができた。
本当は自然に降っているものだから自分の都合で止めるのはいけないんだよと言われていたけど、傘を持ってきていなかったのだ。
だから頼んでしまった。彼は快く引き受けてくれて、買い物を済まして外に出た時には止まっていた。ありがたいことだ。
さて、仮にあの蜘蛛を牛鬼と呼ぶことにして、彼は全く以て無害な存在だった。
僕に頼みがあったのだけど、普通に話しかけるだけでは僕が気付かなかったので、わざわざ僕の周りの存在を攫い、声を掛けることにしたのだという。
そこまでするからには、さぞや重大な用事なのだろうと思い、うちにまで来てもらうことにした。
彼は分体を寄越してきた。
牛鬼は分身を作るということに無頓着なようで、僕が話しやすいように子どもの身体で現れてくれたのだが、顔はまんま牛鬼のものだった。
それはとてつもなくグロテスクで、牛鬼の顔に痩せた少年の身体なんてミスマッチ以外の何物でもない。
それでも向こうも譲歩してここまで来てくれたのだから、僕は話を聞くことにした。
曰く、僕の用意した呪詛の場にとても美味そうな塊を見つけたので、餌場として活用したい。
牛鬼は土地神ではなく、ただ呪詛の場所を気に入って使わせてほしいだけなのだとか。
新しい土地神として就くつもりならば、彼の地に根付いた僕の呪いは毒でしかないので止めるところなのだが、その毒こそが餌になるとは奇妙な話だ。
でも、僕が知らないだけで、実はそういった毒素を好む存在は一定数居るのだろう。
皆が皆、同じものを好み、食すわけではない。なれば、彼が毒を好むのも普通のことなのだ。
とはいえ、だ。僕は誰かの餌場の為に呪詛を行ったわけではない。
わざわざ土地神を引っぺがし、その地一帯を呪い、腐らせるように仕向けたのは、全てたった一人を許せないが為にやったことだ。
勿論、その人間も、周囲の人間にもその影響は及ぶだろう。何年も消えないかもしれないし、はたまた数ヶ月でぱったり止むかもしれない。
そもこんな呪詛が実は成功していなくて、全て僕の妄想である可能性だって高いのだ。
だが、僕はその妄想を現実として受け入れることを選び、十年以上この世界に浸ってきた。
だからこれは現実だ。紛れもなく現実で、僕にとっては許せない人間への制裁だ。
ツケを払う気がないのなら、勝手に払わせるつもりだった。ちゃんと詫びてくれるような人ではないから、僕のことを忘れて行くだけの人間だから、子々孫々に亘って贖ってもらいたいと思った。
そこまで罪深いことをしたのかと、周囲の人々は思うだろう。
うん、僕もそこまでやるか? と思う時だってある。
だけど、許せない。もう許せないし、この次元で仲良くなるのは無理なんだ。だったら、とことんまでやってやろうと思ったんだ。
まぁ、そんなわけで餌場にされるのは腑に落ちないところがあった。
牛鬼にしてみればただの餌でも、僕にとっては思い入れのある呪詛なのだから、軽く扱われるのは嫌だった。
周りの人間をいくら餌にしようがそれは彼の勝手だが、僕の領域にまで踏み込まれる謂れは無い。
牛鬼は「まぁ、それならいいだろう」と言った。
「奪うまでだ」と宣戦布告とも取れる言い方をしてきた。
対価を差し出せばいいだけのものを、どうしてこうお前らは話が解らないんだ。
牛鬼は特に美味そうだと思った人間を喰いたいのだと言った。勝手にすればいいと、僕は返した。
その人間っていうのが、実は僕が許せない人と関わり深い人間と同一だった。
僕はその人間に恨みも憎しみも無い。だから牛鬼がどれだけ喰い荒らそうが知ったことではなかった。
その後にもたらされる、許せない人への苦難や悲痛なども僕に関わりのないことだ。
僕にとって重要なのは、僕とその人との間だけ。その他附随する物事には、もう関心を払う必要がない。そういう存在に昇華されたのは、やっぱりその人のお蔭だ。ふざけるな。
牛鬼には解らない理屈で、僕は呪詛の場所を餌場にすることを拒んだように思う。
牛鬼は僕も納得する形になるようにと、許せない人の周りを喰っていくことを提案した。
微妙なズレを感じる。そうではないのだ。
だが、その機微を理解してもらうのは骨が折れる。だったら、もういっそ放棄してしまうか。
僕が「好きにしてくれ」と言って、今回のことを書き留めておこうとパソコンを立ち上げる間、牛鬼はずっと側でにまにまと笑っていた。
彼にとっては僥倖だろう、喰っても喰いきれないような餌場が手に入ったのだから。
それは許せない人への罰なのに、誰かにとっては幸福に繋がるものか。僕ですら幸せだと感じられないというのに。
難儀なことだ。勿体ないことだ。どうしていつも僕に返ってこないものばかり、僕は成し遂げようとするのだろう。
牛鬼に仲間が居るなら、そいつらもたらふく憎悪や穢れを喰えるのだから、一族ばかりが潤うのだろうな。そもそも一族とか作るもんなのかな。
牛鬼が僕の呪詛場を餌場にするのは、僕と牛鬼の対等さが失われることに繋がらないかと訊いてみた。
彼は首を横に振った。「お前如きに使役される私ではない」と拒絶してきた。それはそうかもしれない。
守護者達は言いたいことがあったようだが、僕が決めてしまえば口を出せない。
どのみちこの呪詛場は他に活かしようがなかったし、穢れを喰ったところで僕が再び呪えばまた穢れるのだから、土地が浄化されることもない。その上に暮らす人間もまた不浄のままだ。
それでいいか。考えるのは疲れる。
僕が守ってやる道理も無い。責任も無い。
許されざる者になった時から、僕の中であの子は死んでしまったような気がする。
そしてひとつ次元を跨いだ。だから、二度と会えないなどと感じるのだろう。
牛鬼は暫く、僕の思い出深い林に潜むつもりらしい。
そして時が来れば、呪詛場へ赴く。穢れを喰い、溜めに溜めた穢れの詰まった人間を美味しくいただくのだろう。
僕には成就を待つようなものは何も無い。
ただ餌の心配だけしている牛鬼が、少し羨ましいくらいだった。
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